第43話 呪いの言葉

 ローラの目の前には、恐ろしいほどの色気を纏い「男」の顔をした美しい魔術師が静かに微笑んでいる。今まで見たこともないその色気にあてられてローラはめまいがするほどだ。


(そ、そんな顔、あまりにも反則すぎる……!)


「ローラ様、これで嫌な記憶は無くなりましたか?」


 微笑むヴェルデに見惚れていたが突然そう聞かれ、ローラはハッとする。ヴェルデにされたことがあまりにも刺激的すぎて、ベリックにされたことなどすっかり忘れてしまっていた。


「は、はい。あまりの衝撃で、すっかりどこかに消えて無くなりました……!」

「それならよかった」


 嬉しそうに微笑むその顔は、さきほどまでの妖艶な顔ではなくいつものヴェルデに戻っていて、ローラは少しホッとする。


「あぁ、でも、嫌な記憶を無くすためとはいえ、急にあんなことをしてしまって申し訳ありません。ローラ様の気持ちも考えず……つい我を忘れそうになっていました」


 すみません、とシュンとした顔でうなだれるヴェルデ。


「いえ、そんな!ヴェルデ様は私のことを思ってしてくださったのですし、それに……」


 突然言いよどむローラを、ヴェルデは不思議そうな顔で見つめる。


「それに?」

「あ、あの、いえ、その、オーレアン興にされたときは嫌悪感と恐怖しかなかったのですが、ヴェルデ様にされたときは、その、なんといいますか、嫌な気持ちが全くなくて不思議だったのです」


 顔をどんどん赤らめ、言葉もか細くなっていく。そんなローラの言葉に、ヴェルデは両手を顔に当ててうなり始めた。


「ヴェ、ヴェルデ様?」

「そんな顔でそんなこと言うのは反則です。どれだけ俺が我慢してると思ってるんだ……。堪えろ俺、堪えるんだ。理性理性理性理性理性」


 ヴェルデはぶつぶつとまるで呪文でも唱えるかのように一人でつぶやいている。そして突然パシン!と自分の頬を自分で叩いた。


「!?」


 驚きのあまりローラは唖然としてヴェルデを見つめる。だが、ヴェルデは何事もなかったかのように落ち着いた様子でローラを見つめる。


「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫です、理性を保つためなのでお気になさらないでください。そんなことより」


そう言って、ヴェルデはまた静かに優しくローラの両手を握った。


「あの男に何を言われたのですか」


 ローラの肩がビクッと震えた。ヴェルデの静かで深い深いアクアマリン色の瞳がローラの心を射抜く。言われたことよりも先にされたことを言えばきっとごまかせると思ったのだが、結局何もごまかすことはできない。そうわかっているのに、ローラは言うのをためらってしまい、思わず視線をそらした。


「いえ……そんなことは……」

「ローラ様、目をそらさないでください。それでは嘘だとバレバレですよ」


(ヴェルデ様にはごまかしがきかないとわかっている。わかってはいるけれど、言ったとしたらきっとまたヴェルデ様を傷つけてしまう。そして、そんなことはないと否定されるのも目に見えているわ)


 


 ベリックから言われたその一言が、ローラの心に重くのしかかる。


 自分はヴェルデを縛りつけているつもりはない。それにヴェルデもそんなことはない、と全力で訴えてくるだろうし、もちろんわかっているつもりだ。だが、それでもローラにはベリックの言葉がまるで呪いのようにまとわりつくのだ。


 口を開き、何かを言おうとするがまた閉じる。そんな仕草を何度もするローラを見て、ヴェルデは眉をしかめて言った。


「ローラ様にとってそんなにも言いづらいことなのですね。でしたら、魔法で強制的に吐かせることもできます。どうしますか?」



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