第40話 筆頭魔術師

「はっ?な、なんだ?何が起こっている」


 動揺したベリックがほんの一瞬ローラの肩を掴んだ力を緩めた時、ローラはベリックに体当たりをした。


「っ!貴様!」


 体当たりしたローラはベリックから離れ、ヴェルデの元へ駆け出す。そのローラを追いかけようとベリックが手を伸ばすが、その手が突然焦げだした。


「ひいっ!!!」


 ジュウジュウと音を出しながらベリックの両手が焦げていく。煙も出て焦げ臭さが辺り一面に漂い始めた。


「ひ、ひいぃぃ!!!!」


 ベリックが両手をバタバタさせながら悲鳴を上げている。


「ローラ様!」


 走り出したローラの元にはヴェルデが駆け寄ってローラをしっかりと抱きとめた。


 ヴェルデはぎゅうっと力強くローラを抱きしめ、すぐにローラの顔を覗き込む。ローラはヴェルデを見つめ、ホッとした顔をすると、ヴェルデもそれを見て嬉しそうに微笑む。だが、すぐにベリックの方を見てまた禍々しいほどの殺気を纏った。


 ベリックは両手を焦げ付かせながら地面を転がっている。尋常ではない熱さに我を忘れてしまっているようだ。


「ローラ様に触れた貴様のその両手は、もう二度と使えなくしてやる」


 ベリックの短剣を泥のように溶かしたのも、ベリックの両手を焦がしたのももちろん全てヴェルデだ。


「サイレーン国の筆頭魔術師を前にして、よくもまぁあんなことができたものだ。ヴェルデを見くびりすぎていたんじゃないか」


 メイナードは鼻で笑うように地面を転がるベリックへ吐き捨てる。近くでガレスもベリックへ冷ややかな眼差しを向けていた。


「ヴェルデ、もうそろそろいいだろう。あれならもう手は使えまい。拘束して我が国へ連れ帰り処罰する」


 メイナードがそう言うと、ヴェルデは小さく舌打ちをし、ベリックを睨む。するとベリックの両手の焦げ付きがおさまった。


 ベリックは魔法の鎖で捕縛され、メイナードの率いた近衛兵に連れられて行った。


「この度は我が国の者がとんでもないことをしでかし、本当に申し訳ありません」


 メイナードがガレスに向かってそう言うと、ガレスは口の端に弧を描き片手を振った。


「いや、ヴェルデがお灸をすえたからいいだろ。それにそちらの国でしっかり罰してくれれば問題はない」

「寛大な心遣い、感謝します」

「いいってことよ、俺たちの仲だろ」


 ガレスの返事にメイナードが苦笑する。この二人は昔から仲が良いのだろうか?疑問に思ったローラに気づいたのだろう、ヴェルデがローラにそっと耳打ちした。


「お二人は同じ学校の先輩と後輩なのです。学生時代、国際交流でメイナード殿下が我が国の学校へ留学なさっていたのですよ」


 なるほど、とローラがうなずくと、ヴェルデが真剣な眼差しでローラを見つめた。


「そんなことより、どこか痛いところはありませんか?……助けが遅くなって本当に申し訳ありません」

「そ、そんな……謝らないでください!」


 ヴェルデの腕の中でローラが慌てて両手を振ると、メイナードもローラに謝罪する。


「申し訳ありませんでした。私がいながらローラ様をこんな目に合わせてしまって……これは我が国の不始末です。本当に申し訳ありません」


 メイナードは深々とお辞儀をした。


「そ、そんな……お気になさらないでください。こうして私は無事に助かりました。それもこれも皆様のおかげです。だからどうか面をお上げください」


 ね?と眉を下げてローラが微笑むと、メイナードは苦しそうに微笑んだ。


「まぁ、ローラ様がよくてもヴェルデは全く良くないみたいだけどな。ヴェルデ、お前はローラ様を連れて部屋に戻れ。ローラ様のことが気になって仕方がないだろ」


 ガレスがヴェルデを見ながらそう言うと、ヴェルデはローラの肩をしっかりと抱いたままうなずいた。



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