第17話 仕事仲間

「誰だ、お前」


 黒髪の短髪で黄緑色の瞳をしたその男は、ピリついた雰囲気をまといながらローラに向かって尋ねた。年齢はヴェルデと同じ二十代半ばくらいといったところだろうか。


「フェイン!ちょうどいいところに来たな。紹介するよ、俺の婚約者のローラ様だ。ローラ様、こちらは仕事仲間のフェインです」

「は?……婚約者?何を言って」


 両目を見開き驚いた顔でそのフェインと呼ばれた男はヴェルデとローラを見る。だが、笑顔を崩さないばかりかローラの手を握ったままのヴェルデを見て、フェインは真顔になった。


「……マジか。お前、どういう風の吹き回しだよ。研究しかしたくない、女はいらないとあれだけ言っていたくせに」


(やっぱり、ヴェルデ様が婚約するというのはそれだけありえないことなのね)


 戸惑いながらフェインを見つめていると、フェインはローラの顔を見て眉をしかめた。


「それに、ローラ様、ってなんだよ。婚約者に様をつけるのはおかしいだろ」


 そう言われて、思わずヴェルデとローラは目を合わせ、ヴェルデは苦笑した。


「確かに……いや、これには理由があるんだ」


 そう言って、ヴェルデはフェインにローラのことを説明し始めた。ローラは隣国の貴族の令嬢で、長い間呪いの魔法を受けていた。その呪いを解くために隣国に呼ばれ、ローラに出会ったときにヴェルデが一目ぼれをした。呪いを解いたあともローラと交流することでローラの人柄に惹かれ、どうしてもローラを連れて帰りたかったヴェルデは、ローラを口説き落としてサイレーン国へ連れてきた、と。貴族のご令嬢でヴェルデよりも身分が高く、婚約者になってからもまだ敬語が抜けきらないのだ、と。


(本当のことは言えないからと事前にヴェルデ様が作ったシナリオのとおりだわ。ヴェルデ様も出会う人出会う人にこれをわざわざ言わなければいけないのは大変でしょうに……)


 本当のことは言えないが、完全に嘘ではなく近しい部分は多々ある、だから大丈夫だとヴェルデは言っていた。そしてその通り、ヴェルデはすらすらとフェインへ説明している。


「ふうん、ヴェルデの一目ぼれ、ねぇ」


 チラ、と横目でローラを値踏みするようにフェインが視線をよこす。そこには興味以外のなにか、根本的に違う何かが含まれているような気がしてローラは首をかしげた。


「あ、お前もローラ様に一目ぼれしたんじゃないだろうな。絶対にやらないからな」


 そう言ってヴェルデはローラを自分の腕の中に閉じこめた。


(ま、また突然そうやって恥ずかしいことを!)


 ローラが思わず赤面すると、それを見たフェインがはぁ、と静かにため息をついた。


「一目ぼれしねぇし、いらねぇよ。で、自分の仕事場を見せるために連れてきたってわけか」

「ああ、それもあるけど、彼女の呪いについてまだ解明できていないことがあるんだ。だから彼女には解明のために、たまにここに来てもらう」

「はぁ!?」


 まるでこの場所にはローラにいてほしくないと言わんばかりの顔でフェインは抗議の声をあげる。その声に思わず驚いてローラが肩を震わせると、フェインはそれを見て申し訳なさそうに目をそらした。


「……すまん。大きな声を出しすぎた。だったら、俺も手伝う。人手は多い方がいいだろ」

「いや、この件は俺一人でやるよ。どうも師匠の魔法も関係しているようなんだけど、どう関係しているかがわからない。そうなると直接聞きにいくしかないかと思ってね」

「クレイ様の?……なるほど、だったら俺が出る幕はないな。わかった。だが、何か手伝えそうなことがあったらいつでも言えよ」

「あぁ、ありがとう。やっぱりフェインは頼りになるな」


 嬉しそうに笑うヴェルデを見て、フェインはフッと優しい微笑みを浮かべた。


(フェイン様もあんな風に優しく笑うのね。ヴェルデ様と仲がよろしいんだわ)


 二人の様子にローラも思わず笑みを浮かべると、ローラの視線に気づいたフェインはふいっと視線をそらした。だが、すぐにまたローラへ目を向けると、ローラの近くに寄ってきた。


「さっきはすまない。あんたの素性はわかった。だが、俺はあんたの身分は知らないしどうでもいい。ヴェルデの婚約者ならなおさらだ」

「はい、もちろん構いません。私も、身分など関係なく気さくに話していただく方が嬉しいです。突然来た人間にこうして優しく対応していただいて、ヴェルデ様の周りの方は素敵な方たちばかりだと思いました。まだまだわからないことばかりですが、どうか仲良くしていただけると嬉しいです」


 そう言って、ふわっと花が咲くようにローラは微笑んだ。その微笑みを見て、フェインは驚いたままローラをじっと見つめる。そして、目を伏せて静かにため息をついた。


「ヴェルデが見込んだだけのことはあるな。……わかった、こちらこそよろしく頼む」


 二人の様子を見てヴェルデは目を輝かせて喜んでいる。そして、そんなヴェルデをフェインは少し寂しそうに見つめていた。



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