第4話 絶望

 メイナードから話を聞いて以来、ローラは日に日にやつれて行った。食事はろくに取らず、部屋の外にも出ず、誰かが話しかけても静かに微笑んで頷くだけだ。ローラを目覚めさせた張本人であるヴェルデは、メイナードからローラを気にかけるようにと言われていたが、日に日にやつれていくローラを見て気が気でなかった。


「まるで死に急いでいるようにしか思えません……」


 ヴェルデが苦し気にメイナードに言うと、メイナードも神妙な面持ちでうなずく。


「彼女が一体何を考えているのかはわからないが、良い精神状態でないことだけはわかる。目覚めたら百年も過ぎていて、何もかもが無くなり、何もかもが変わってしまっているのだから、当然といえば当然だろう。ヴェルデ、申し訳ないが彼女のことを今以上に気にかけてくれないか。何かあってからでは遅いからね……」




 そして、恐れていたその日はやってきた。



 月の明りだけが辺りを照らす真夜中。静まり返った屋敷の中を、ひとりの女性が裸足のまま、静かに歩いている。玄関を出て、屋敷のゲートをくぐろうとした、その時。


「どちらへ行かれるのですか?」


 まさか声をかけられるとは思っていなかったのだろう。ビクッと大きく肩を揺らし、怯えるように振り返ると、そこには困ったように微笑むヴェルデの姿がある。そして、ヴェルデの瞳に映るのは、寝間着姿のまま裸足でどこかへ行こうとするやつれきったローラだった。



「どちらへ行かれるのですか?」


 そう聞かれて、ローラは目を泳がせ口を開くがすぐに閉ざす。まさか、誰かに見つかるなどとは思いもせず、うまい言い訳が思いつかない。そもそも、人の気配など全く感じなかった。どうして見つかってしまったのだろうか。


「あ、あの、月があまりにも綺麗だったので、散歩をしようかと……」

「そんな恰好で散歩は危なすぎます。それに裸足ではないですか。散歩をするのであれば上に羽織るものと靴を用意しましょう。私なら魔法でお出しできます」


 ヴェルデがそう言って優しく微笑むと、ローラはヴェルデを見てからゴクリ、と喉を鳴らし、後ずさりをする。そしてそのまま一目散に走り出した。


「!!!」


 ヴェルデが追いかけすぐにローラの腕を掴むと、ローラは腕を引っ張ってほどこうとする。


「離して!」

「駄目です、あなたをそのまま行かすわけにはいきません!」


 暴れようとするローラを、ヴェルデは必死に取り押さえ、抱きしめた。ヴェルデの腕の中でローラは暴れていたが、次第に静かになった。そしてヴェルデの腕の中で、すすり泣く声がする。


「……して、どうして、私のことを起こしたの?どうして?私はどうして起きてしまったの?」


 顔を上げ、両目から涙をポロポロとこぼしながらヴェルデを見て訴えるローラ。その姿にヴェルデは絶句した。メイナードの頼みだったとはいえ、ローラを目覚めさせたのはヴェルデだ。その本人に、ローラはなぜ目覚めさせたのかと涙ながらに訴えたのだ。


「お願い、死なせて。私は生きてる価値なんてないの。この時代に生きる意味なんてないの。お願い、お願いだから……」


 そう言って、ローラはヴェルデの腕の中でフッと気絶する。恐らくはずっと眠れていなかったのだろう。緊張の糸が切れて意識を無くしてしまったようだ。


「ローラ様……」


 ローラを抱き止め、ヴェルデは苦しそうにつぶやいた。




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