第400話
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「俺は椿の方が先だと思ってたけど、ありゃきっとラブコメ総長に一歩出し抜かれたな」
少し前にいる藍と里奈子、2人の姿を鑑賞しながら、その2人の元へ向かう陽向の空気の読めなさに心の中でツッコミながら、亜貴は自分の隣に立っている椿へ話しかけた
椿からの返答はないものの、複雑そうな表情や決して良いとは言えない機嫌の悪さから、椿にも察するものがあるらしい
そこまで亜貴は考え、既に何本目かの煙草を吸いながら更に言葉を椿へと投げかける
「ぞっこんだな、お前も。言っちまえよ、里奈子ちゃんに」
「何をだよ」
「そんなん、好きだって愛の告白だよ。あぁ、それか藍じゃなくて俺を選んで欲しいって膝まづいてみるか?」
そんな亜貴らしい半ば冗談めいた提案は、恐らく蔑んだ視線と共に却下されるだろうと踏んでいた
「あぁ、それもいいかもな」
けれどあっさりとそう椿は同意を示した為、今度は亜貴が若干驚くように目を見開く
自分が吐き出した煙草の煙を見つめているのか、あの2人を亜貴同様眺めているのか椿自身にしか分からない
十分に吸われた煙草はもう役目を終えて灰だけになっている事に椿は気づいているのだろうか
その煙草を手にしたまま椿は、捨てることも、次の新しい煙草を吸い始めることもしない
「……、奈々の母親の状態が悪いんだと」
突然切り出されたその女の話題
「へぇ。大変だな」
あの女のことは好いてはいないものの、誰かのその類の不幸話には同情出来るくらいの心は亜貴には備わっている
「最期の時がきた時に、俺なりのけじめを奈々に付けるつもりだ」
そう言った椿の表情からは、感情は読めない
何年も縛り付けられていた重苦しい十字架や責任を背負ってきた椿が、こうして奈々のことを手放すと決めた
きっと、その決断は簡単ではなかったはずだ
゛頑張ったな゛そんな気持ちも込めて亜貴は椿の背を叩く
「里奈子ちゃんに話して、待ってて欲しいって言う分には罰当たんねぇと思うけどな」
自分自身の事を全て打ち明けて、
自分も好いているとちゃんと伝えるまでは誰かのモノになるなどして欲しくないと、
そう言ってしまえばいいのに
そうやって、恋愛なんて自分の自己中心的な感情を相手に少しくらいぶつけても許されるだろう
そう出来る恋愛だ、幸せな事だと、亜貴はふと、自分が恋焦がれて仕方のなかった姉の姿を思い出した
「里奈子のこと中途半端にはしたくねぇのに、それは狡いだろ」
女など掃いて捨てるほどいそうな男からの案外真面目な回答に、
゛お前も相当難しい奴だな゛ と、亜貴は心の中で言いながら苦笑いを浮かべた
「けど、その時にはもう誰かのモノになっちまってるかもしれねぇぜ?」
少し意地の悪い質問を、してしまったか、と亜貴は思う
けど、里奈子に対して中途半端にしたくないと覚悟を決めた椿の事を試すには良い機会だろう
そんな亜貴の意図を分かっているのか否か、
椿は、目を細め口角を上げた
「だから、言っただろ。そしたら里奈子に、俺を選んで欲しいって膝まづいてみるのもいいなって」
溢れんばかりの愛おしいという感情や優しさを込めたその表情は、きっと里奈子のことを思い浮かべてのことだろうか
端正な顔立ちをしている男は、どんな表情でも様になるよな、と亜貴も笑って肩を竦めた
「応援してるぜ」
゛お前も、藍も゛
誰にも聞かれずに繰り広げられていた亜貴と椿の会話は終了し、陽向同様にあの2人の元へと歩き始めた
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