第55話

真実


 私は梶先輩にメッセージを送る。


「彼女の腕と首…あざがあるはずです。男性にDVを受けています。お金も取られてます」


 運ばれてきた烏龍茶を飲んで、なんとか一息ついた。見えたことを中崎さんに話したけれど、彼女が酷いことをされたことは言えなかった。


「十子ちゃん…。大丈夫?」


「…はい」


 そう言ったものの、気持ち悪さは拭えない。


 メッセージを見たのか、梶先輩と通話している携帯が一瞬、沈黙を流す。


『…紗奈。今日…連絡したのは…直人さんが夢に出てきたから…』


『え? お兄ちゃんが?』


『何か困ったこと…ないかなって…。それで心配になって…』


『…心配』


『痩せてるし…手だってこんなに細く…』


『あ…』


『…どうしたの? この痣? ぶつけた? …違うよね? 教えてくれない?』


『…彼…彼が…お兄ちゃんに…お金を貸してたって…』


『直人が?』


『だから…私が…返さないと』


『暴力振るわれてるのは?』


『お金が…足りない時に…』


『別れられないの?』


『お金を返さなきゃ…』


『直人がお金を借りてたのって本当?』


『え?』


『直人から聞いてないの? 紗奈の彼氏にお金を貸してもらうって…』


『…聞いてません』


『私はあり得ないと思うんだけど。直人が…お金を借りるなんて。死人に口無しって言うでしょう?』


『…はい。でもどうしたら…』


『まずは病院に行こう。その痣で彼を訴えよう』


『…でも』


『紗奈、怖かったら、うちにおいで』


『…あり…が…とう』と鳴き声に変わった。



 紗奈ちゃんの彼氏が犯人だった。私は衝撃を覚えて中崎さんを見た。


「紗奈さんの彼が…直人さんを…殺して…ます」


「え?」


「同じ人…です」


「…どうして?」


「多分、お金じゃないですか?」


「じゃあ、本当に貸してたの?」


「貸した人間が借りた人を殺すなんてないです。…お金…。直人さんが大金を持っていた? とか?」


「大金ねぇ」と中崎さんも首を傾げる。


「どっちにしろ、そろそろ乱入してもいいですか?」


「その言い方…」と言って、揃って腰を上げた。


 本当に酷い小芝居をすることにする。私はトイレに行った帰りに、間違えて梶先輩の部屋に入った感じで、驚いて、隣の中崎さんを呼ぶ。


「梶先輩がいらっしゃったなんてー」と自分でも白々しい演技をして、頭をコツンと拳で叩く。


 それを見て、中崎さんが本当に我慢できないような感じで後ろを向いた。梶先輩はちょっと目を逸らした。紗奈さんはふわゆる女子で、いわゆる私が目指していたところの女性だった。だから梶先輩がいつも優しくしてくれてたのかと分かって、ほんの少し胸が痛んだ。でもこうして見ると、彼女の痣は身体中にある。いくら恋人だからといって、そんなことをしていいはずがない。


「あの…私、幽霊が見えるんです」


「え?」と紗奈さんが驚くような顔をした。


「初対面で変なことを言いますが、恋人だった直人さんの霊を梶先輩の部屋で何度も見ました。成仏されてないです。それに…自殺でもないです。私は見えるだけで直接お話しすることはできませんが…。だいぶ、状態が悪いです。殺されたことで…恨んで…悪い方になりそうです」


「え? お兄ちゃんが? 殺された?」


「はい」


「誰に?」


「…知りたいですか?」


「はい」


 私は彼女が受け入れられるか少し考えた。いきなり部屋に入ってきた梶先輩の後輩だという女の言葉を。多分、到底受け入れられないだろう。だから、もしかすると…と彼女が疑っている可能性に賭けた。自分の恋人の不誠実さを分かっているのなら…。


「よく知ってる男性の方です」


「私の?」


「はい」


「…まさか」


「はい」


 彼女の目から涙が溢れた。


「…お兄ちゃんを? 殺した? どうして?」


「お金…。大金が入るとかそういうことありましたか?」


「お兄ちゃんに? …そう言えば、一度、大きな写真のコンテストで大賞になったことがあったんです。あ…それを…私が…言ってしまって」


「そのお金…どこいったか分かりますか?」


「通帳にはそんなお金なかったで…。あ、すぐに引き出しになってた…」と紗奈さんは何かを思い出すように言った。


 お金は奪われてしまったのだろうか。


「もう…許せない…。あんなやつ」と言って、紗奈さんは泣きながら拳を握った。


「やっつけましょう。お兄さんのためにも」


「…? やっつける?」


「はい。捕まえて、警察に突き出してやりましょう」と私は言った。


「でも証拠がないよね?」と中崎さんに言われる。


「証拠は…ない…です」


「私、うまく聞き出します」と紗奈さんが言った。

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