第51話
「……というわけで」
ミツキとサクヤは一番隅にある四人席に場所を変え、向かい合って座っていた。テーブルの上には大きないちごパフェとブラックコーヒーが置かれている。いちごパフェを口一杯に頬張りながら、サクヤが話を切り出した。
「久しぶりだね、ミツキ」
「…ああ」
目を細めて懐かしむサクヤに対し、ミツキはやや浮かない顔だ。恐らく、先程殴られた所を見られた事が関係あるのだろう。女に殴られた場面を見られて、誰が喜ぶだろうか。
「多分、一年振りくらい?」
「そうだな。……お前は相変わらずみたいだな」
「何が?」
「その恰好と、実験」
ミツキの細長い指がサクヤの作業着を差し、それから滑るように隣に置かれている大きな肩掛け鞄に向けられた。サクヤは「ああ、これ?」そう言いながら鞄のジッパーを開けてミツキに中身を見えるようにややズラす。中は敷居が出来ており、その中に試験管やビーカーなど実験用具がそれぞれ種類別に分けられて入れられていた。
「まぁ、オレの生き甲斐だからね。これだけは辞められない」
「…そうだろうな」
サクヤが一番イキイキとしているのは実験をしている時だ。変わらない友人の姿に、ミツキは表情を緩めた。
「お前、オレの青い粉まだ持っていたんだね」
「……奏から聞いたのか」
「うん。カナデが見たって言っていた」
サクヤの大きな瞳が、キッチンで食器を洗う奏を映す。
「あれは水の性質を持つ粉。――まあ、いわゆる聖水を模した粉だ」
吸血鬼の苦手なものの一つ。聖水。それはただの水ではなく、吸血鬼の身体の動きを鈍らせる事が出来るものだ。昔は魔除けとして使われていたようだが、現在ではほとんど見かけない代物だ。その聖水に似た性質を持つ粉を、サクヤは作りだす事に成功した。
恐らく、この聖水もどきはサクヤにしか作れないものだ。希少な薬を作り出し、吸血鬼に高価な金額、又は物々交換でサクヤは生計を立てている。
「…もしかして、それを使ったかなって思ったんだけど」
「……」
いちごをスプーンの上に乗せ、それを口に運ばずにミツキの目の前に突き付けた。
「例えば最近。…カナデの左腕にある傷跡と関係あるんじゃないの?」
「……見たのか」
「カナデは隠そうとしていたみたいだけど、あんな引っ掻いたような傷、嫌でも目に入るよ」
素っ気なく言うサクヤに、ミツキは苦い表情を見せた。
「…何であの傷と青い粉が関係していると思ったんだ?」
「あの引っ掻き傷は猫にしては大きい。傷と傷との距離を考えて、ちょうど子供の手くらいかと思った。…その後カナデからミツキが青い粉を使った事を聞いた」
サクヤはパクリといちごを口に入れた。
「ミツキの性格からして見せびらかすのは有り得ない。一応貴重な物だしね。…だからミツキがカナデに青い粉を見せるのは使う時しかないでしょ」
「……」
「お前が物に頼るなんてよっぽどの事。相手は普通の吸血鬼じゃなかった。傷付けたくない相手」
口の中が甘くなったのだろうか。サクヤはミツキのコーヒーを勝手に取って一口飲んだ。
「そうだね……相手はお前の兄弟だった。……傷の大きさ的に…カンナ、とか?」
「………お前さ」
「何?」
いつの間にか食べ終わっていたパフェの容器を横にズラして聞く。そんな童顔の友人を見つめて、ミツキは「探偵やったら儲かるんじゃないか?」とやや真剣な表情で薦めた。
「……はぁ?」
「いや、あの情報だけでまさかカンナの名前まで出てくるとは思わなかったからさ」
「そう?考えるのは好きだからね、オレ」
ふと何を思ったのか、サクヤは鞄から小瓶を数個取り出してテーブルに並べた。中にはそれぞれ違った色の粉が入っている。その小瓶を見つめるサクヤの大きな瞳は、まるで新しいおもちゃを見ている子供のように輝いていていた。
「どれとどれが合わさればオレの求める物が出来るんだろう。…そう考えている時が一番楽しいよ」
「フ、変わっていなくて安心したよサクヤ」
「こちらこそ、ミツキ」
サクヤも顔に似合う明るい笑顔を見せた。
「………」
意外に和やかな雰囲気だ。再会した時はミツキの機嫌が悪そうだったのでどうなる事やらと内心ひやひやしていた奏。二人の様子をキッチンから見守っていたのだが、仲良く話している様子を見て奏はホッと一息吐いた。
「奏ちゃんは二人の話に混ざらなくていいの?」
二人をボーッと見つめていると、背後から崎本から声が掛かった。
「はい。…別に話す事もないですし」
崎本は三人が知り合いだと思っているが、サクヤとはもちろん昨日が初対面だ。積もり積もった話もあるはずがない。
「それに、私今バイト中ですし……喋っていられないですよ」
奏を最もな理由を述べる。今は仕事の最中。お喋りなんてサボり行為が出来るわけがない。――そのはずだったのだが。
「ごめん奏ちゃん!今日は店を開けるの、止めようと思って!」
「え!」
手を合わせる崎本の衝撃的な発言に、奏はギョッとする。先程崎本に言われて着替えたばかりなのに、とその訴えを込めて崎本に視線を送ると、母と同い年の彼女はペロリと舌を出した。
「いやぁ……やっぱり昨日あんな事があったし、店を開けづらいっていうか……それに彼氏のミツキちゃんに奏ちゃんの格好をぜひ見て欲しくってさ」
確かに殺人未遂の起こった翌日に店を開けるのは気が引ける。昨日も片付けやら何やらですぐに閉めてしまった。サクヤは特別にデザートを食べていたが。
「だ、だから暗野は彼氏なんかじゃー!」
「んもう!照れるなって!」
崎本は「このこのー」と肘で奏をつついて茶化す。崎本は完全に嘘だと疑っていない。平気でホラを吹いたミツキを奏は心の中で呪った。
「だから今日は三人の貸し切りって事で!」
「わっ」
崎本に急に背中を押されてつんのめる奏。「ほら、行ってきな!」と言ってにかりと笑う崎本に「嫌です」とキッパリ言えるはずがない。奏はひきつった笑顔を見せてから、重い足取りで二人に近付いた。
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