攻撃的な転校生
第6話
吸血鬼の襲撃があってから三日後。奏は嫌々ながらも学校へ行く準備をしていた。
吸血鬼に襲われたのが金曜日の夜だったので、土日は何処へ出掛けるわけでもなく家に引きこもっていた。あの夜の事を思い出すと、どうしても外に出られなかったのだ。外に出たら、吸血鬼が待ち構えているような気がして…。
しかし今日は月曜日。学校を休むわけにはいかないし、いつまでも家の中にひきこもっていられない。
支度を終えた奏はドアをそうっと開けて周りを確認する。吸血鬼らしき黒い姿は何処にもない。奏は素早くドアを閉めると、人通りの多い場所まで小走りで向かった。辺りを見回しながら登校する姿は何とも怪しかっただろう。すれ違う人が不思議そうにこちらを見つめるのが分かった。
奏の心配をよそに、通学路はいつもと変わらないものだ。自動改札機が無い小さな駅、古びたアパート、小綺麗な喫茶店…。奏の横を、楽しそうにはしゃぐ小学生達が走り抜けた。
あまりにもいつも通りで、あの現実離れした出来事が嘘だったのではないかと思ってしまう。あの吸血鬼は奏をなかなか見つけられなかったから諦めたのかもしれない。
そう自分に言い聞かせるが、奏は手に持つバッグに視線を向ける。家の前に置かれていたこのバッグの存在が、奏に気持ち悪さを残していた。
学校に着き、いつものように下駄箱の手紙をバッグに詰めて教室に向かう。奏が教室に入ると、クラスメイトはほとんどいなかった。部活の朝練やまだ登校していない生徒もいるのだろう。いつも登校するより一時間は早い。
今日は早くに目が覚めてしまい、たまにはこんな時間にでも学校に行ってみようかと思い至ったのだ。自分の席について、やる事もないので手紙を見てみる。先輩からのものもあったり、後輩から来ていたり。なんと同じクラスの子からも手紙が来ている。
この手紙達は告白というか、ファンレターみたいなものだ。呼び出すのは佐々等くらい。佐々等の場合は告白ではなく、果たし合いなのだが。
「…有り難いのかもしれないけれど」
正直、迷惑だ。こんなちやほやされるより、友達として接して欲しい。自分は手紙をくれる女子と同じで一人の女の子だ。
「私がこんな変に目立つのがいけないかもしれないけれど」
「どうやら自覚はあるようですね」
「⁉」
突然聞こえてきた声に肩を跳ね上げて教卓の方を見ると、そこには担任教師の新田武久がいた。
「新田先生…。いつからいたの…?」
「あなたが手紙を読み始めた頃ですが。気が付きませんでしたか?」
新田は眉をピクリと動かして怪訝な表情を見せる。ぼうっと手紙を読み進めていたので、気が付かなかったのかもしれない。奏はとりあえず気が付かなかった事を新田に謝罪した。
「まあ、謝る事の事ではありませんが」
新田は奏から自分の手中にある出席簿に視線を移す。会話が途切れて居心地の悪くなった奏は話題を振ろうかと頭を捻ったが、良い話題も出て来ない。
「先生は何でここにいるのですか?」
とりあえず思った事を質問してみると、新田は眉間に皺を寄せて奏を睨む。
「ここは私の受け持つクラスです。…いたらいけないのですか?」
「えーと、先生がこんな朝早くに教室に来るとは思わなかったので」
頭を必死に回転しながらありきたりの返事をすると、新田は眉間の皺を緩めてから考えるような素振りを見せ、口を開いた。
「ちょっと…席の状態を知りたくてですね。急だったものですから…場所があるかと思いまして」
「席の状態?急?場所?」
新田の言葉に主語が足りないのか、奏には理解が出来ない。それを察したのか、新田は溜め息を吐いて出席簿を閉じた。
「ホームルームが始まれば分かる事です。それまで待っていてください」
「え、気になる」
「……いつものようにぐっすり寝ていれば、すぐにその時間が来ますよ」
新田は薄らと笑みを浮かべ、奏はぐっと唸った。授業中に寝ている事がバレている。何も言えなくなった奏を一瞥してまた笑みを浮かべた後、新田は教室を出て行った。
新田がいなくなり、緊張感が一気に無くなった奏は伸びをする。新田は苦手だ。何を考えているのか分からない。女子生徒はミステリアスな所がいいとよく言っているが、奏には全く理解が出来なかった。
少しすると、クラスメイト達がちらほらと登校してくる。皐も教室に入ってきた。
「あれ、奏今日早いね?」
「ちょっと目が覚めちゃって」
目を丸くさせて驚いた様子の皐に、奏は苦笑いを浮かべた。皐に吸血鬼の事なんて言えない。彼女なら信じてくれると思うが、心配をさせてしまうと思ったから。
「そうなんだ。…そういえば、先週の金曜日どうだったの?」
「き、金曜日?」
脳裏にちらつくのは、吸血鬼の怪しい笑顔。何故そんな事を皐が聞くのか、と思っていると、
「佐々等君の事!」
「あ、ああ…。佐々等か」
そういえば吸血鬼に会う前に呼び出されていたんだった、と奏は思い出した。果たし合いに勝った後、散々追いかけ回され、そのせいで遅くなって吸血鬼に遭遇して…。
そう考えてからはたと気が付く。考えてみれば、佐々等が追いかけ回したりしなければ吸血鬼に遭遇する事も無く真っ直ぐ帰る事が出来たのでは。佐々等が果たし状すら書かなければ金曜日は危険な目に遭う事も無かったのでは。そう思ったら、佐々等に対して怒りがこみ上げてきた。井口舞を守れた事は良い事だと思うのだが、それを知らずに佐々等がこの三日間へらへらと過ごしていたかと思うと怒りが収まらなくなってきた。
「奏?顔が怖いよ」
「え、あ。ごめん」
気持ちが滲み出ていたようだ。皐が若干引きながら言ったので、奏は慌てて顔を戻した。落ち着かないと、と奏が胸に手を当てて深呼吸をしていると皐がそういえば、と話を切り出した。
「うちのクラスに転校生が来るらしいよ」
皐は前の席に座って奏の机の上で腕を組み、その上に自分の顎を乗せる。奏は皐を見下ろしながら眉を潜めた。
「転校生?こんな微妙な時に?」
「そう。急に決まったらしくて、新田先生も焦っているみたいだよ」
先程まで教室にいた新田が思い浮かぶ。それ程焦っているように見えなかったが、それは彼があまり表情を表に出さないだけかもしれない。そういえば、席の状態を確認していると濁しながらも言っていた。今思うと転校生の事を言っていたのだろう。今朝新田が教室にいたのは、恐らく転校生の席があるか確かめる為だろう。
「真面目だね」
「何が?」
「うちのクラスの教師様が、さ」
その時ちょうどチャイムが鳴り、それと同時に新田が扉を開けて入ってきた。生徒達は一斉に自分の席へと戻って行く。
「本当、担任の教師様は真面目だね」
皐はクスリと微笑むと身体を前に向けた。新田は教室を見渡すと、出席簿を開いた。
「おはようございます。ホームルームを始めます。知っている方もいるかと思いますが、まずは転校生の紹介をしたいと思います」
その言葉で生徒達は騒ぎ始める。転校生が来るとよくある光景だ。新田に性別を問い掛ける生徒もいる。興味の無い奏は窓の景色に目をやった。
「静かに」
新田が鋭く注意をすると、生徒達は言われた通り静かになる。生徒達が大人しくなったのを確認すると、新田はチラリと横目で扉を確認する。
「では、暗野君、入ってください」
扉の開く音が聞こえて、奏は反射的に転校生の方に目をやった。
転校生は男だった。すらりとした細身の身体に漆黒の髪と瞳。顔はやけに青白いが、誰もが見惚れる程その容姿は整っている。女子生徒達は男の一挙一動を食い入るように見つめている。奏も、その中の一人だった。しかし、見とれているのではない。奏は頬杖をつきながら首を傾げる。会った事があるような気がした。しかも、ここ最近。顔を少し俯かせているのと、一番後ろの席もあって顔が良く見えない。
暗野と呼ばれた転校生は新田の隣に立つと、教室を探るように視線を巡らせて奏と目が合う。その瞬間―
暗野の瞳が、黒から赤に変わった。
「―っ!?」
奏は思わず勢いよく立ち上がった。椅子が派手な音を立てて倒れ、生徒達の視線が一斉に転校生から奏へと移る。しかし、奏はそんな事どうでも良かった。目の前の人物の存在が信じられなくて、目をこれでもかというくらい見開く。皐がどうしたの、と小声で問い掛けてくるのも耳に入らない。
忘れるわけがない。自分が殴り、そして自分を襲った張本人。
「何で…あんたがここにいるの…!?」
奏が恐れていた吸血鬼がそこにいた。
「原田さん…。静かにしてもらえますか。暗野君と知り合いのようですが、話は後でしてください」
新田が奏を見ながら眉間に皺を刻む。その横で、わざとらしくおどけた様子を見せる暗野。
「でも、そいつは…!」
「原田奏さん」
吸血鬼なの。そう言おうとしたのだが、暗野によって遮られる。自分のフルネームを呼ばれた事により、奏の肩は無意識に跳ねた。その様子を見た暗野は軽く顎を上げて口角を吊り上げる。
「暗野ミツキです。これからよろしく…」
その瞳は、もう赤くなかった。
「ちょ…ちょっと、ふざけないでよ!!」
奏は憤慨して大股で吸血鬼の元へ行こうとしたが、「原田さん」と新田の無機質な声で名前を呼ばれ、ピタリと動きを止めた。新田は笑みを浮かべているが、彼の場合笑顔という表現は喜怒哀楽の喜ではなく怒である。明らかに怒気を含んだ声で新田は続ける。
「先程も言いましたよね?そういうのは、後でやってくれますか?」
「そうですよ、原田奏さん?」
ミツキがニヤニヤと笑いながら新田の口調を真似る。奏は噴火しそうな気持ちを抑えながら乱暴に椅子を起こして座った。周りの怯えた視線にもイラつきを感じながら歯噛みする。
何で吸血鬼がここにいるの?何で吸血鬼が名前を知っているの?…何で吸血鬼が転校してくるの!?
奏の頭の中は怒りと驚愕と困惑で混乱していた。しかし、そんな奏に追い討ちをかけるように新田が口を開く。
「では席は原田さんの隣で良いですね」
「は!?何で私の隣に!?」
奏はまた立ち上がりそうになったが、何とか留める。
「席も空いていますし、知り合いのようですからちょうどいいです」
確かに奏の隣の席は空いている。数ヶ月前に退学してしまった不良のいた席で、片付けられる事もなく、ぽつりと残されていたのだ。
「私、知り合いじゃありません!」
吸血鬼と一緒にいるだけでも嫌なのに、隣同士なんて何の拷問か。阻止しようと必死に抗議したが、新田は聞く耳を持たない。
「教科書は原田さんに借りてください」
「はい」
ミツキは爽やかな笑顔で返事をする。
「ちょっと…!」
「原田さん」
更に抗議をしようとした時、新田に名を呼ばれる。担任教師は冷ややかな視線を送りながら口元だけで笑った。
「いい加減にしないと…然るべき対処を取らせてもらいますが。廊下に立たされるのと職員室に呼び出されるの…どちらがよろしいですか?」
「……う」
新田の迫力に、さすがの奏も何も言えなかった。
「では、暗野君。席に着いてください」
「はい」
大人しくなった奏を確認し、ミツキに席に着くよう促す新田。ミツキ委は一瞬口元を歪ませて笑うと、また爽やかな笑みに戻って席へと向かった。
ミツキの歩く姿に、誰もが見惚れる。異様に整った容姿に、男にしては細身ですらりと伸びる足。クラスの誰もが羨望の眼差しを向けるが、その中に嫌悪感をあらわにした視線が一つ。ミツキはその視線の主を気にした素振りも見せずに歩を進める。
そのまま奏を通り過ぎて自分の席に着くかと思いきや、突然奏の方へ顔を向けた。
「!」
そして素早く身を屈めると、ミツキは奏の耳元で囁く。
「忘れ物は見つかった?」
「!?」
奏は近くにあるミツキの顔を反射的に見上げる。吸血鬼の彼はあの夜と同じ赤い瞳で奏を見下ろして笑っていた。
「な―!」
奏は言い返そうとしたが、ミツキはそれをするりとかわし、何事も無かったかのように自分の席へと座った。新田の件があるので、掴みかかって尋問出来ずに、視線で問い掛けようと必死で睨むが、ミツキは素知らぬ顔で前を向いている。気が付いているくせに、と奏は拳をこれでもかというくらい強く握った。
やはりバッグを持ってきたのは吸血鬼だった。その中には生徒手帳があった。それを見て名前、住所、そして学校を知ったのだろう。百歩譲って家に来るのは分かるが、何故学校に転校してきたのだろうか?ミツキは何も言わず、新田の話を聞いている。
ホームルームが終わったら問い詰めなければ、と奏は新田の話が終わるのを待った。
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