最強の女子高生と吸血鬼

最強の女子高生

第2話

蝉がもう夏だと泣き喚く朝。鳥が屋根の上でさえずっているその下では高校の制服を着ている生徒達が歩いている。登校してきた生徒達が仲の良いクラスメイトに挨拶をしている中、原田奏は自分の下駄箱の前でため息を吐いた。

 靴を入れようと自分の下駄箱を開けたわけだが、靴を入れる隙間が無い程の手紙の数。数枚足元に落ちたので、ゆっくりと身体を屈めて拾い集めた。

 宛名を見てみると、そこには可愛らしい字で女の子の名前が書かれていた。他の手紙も恐らく女の子からだ。どれも奏を慕う内容なのだろう。奏は何故か同性に好かれ、毎日とはいかないが彼女の靴箱には手紙がよく入っている。男でもこんなに貰わないだろう。同性に好かれる事は良い事かもしれないが、程度が過ぎる。困惑して後頭部を掻いていると、


「奏、モテモテだね」


 背後から声が掛かった。振り返ると、そこには親友の花村皐がニコニコと笑いながら立っていた。


「皐、その笑顔やめてくれる?」

「あはは、ごめん!」


 皐は笑いながら奏の足元に散らばる手紙をかき集めて宛名を見る。


「うーん、女の子だけだ。残念」

「何が残念よ、他人事みたいに」


 奏は下駄箱の中から手紙を出して鞄に詰め込んだ。その中の一枚がひらりと落ちてしまい、皐の足元に落ちる。皐は拾って宛名を見ると、目を大きく見開かせた。


「あれ、奏!男の人からラブレターが届いているよ!」


 皐は興奮しながら奏に手紙を突き付けた。興味無さそうに宛名を見ると、そこには下手くそな字で佐々等和希と書かれている。見知った名前に、奏はあー、と唸った。


「それ、ラブレターじゃない。果たし状」

「果たし状!?」


 皐は奏と手紙を交互に見ながら素っ頓狂な声を上げた。


「ササラって知らない?進学科の女たらしの男」

「…ああ!あのササラ君か!女たらしで有名な…」

「そいつね、女にラブレターをたくさん貰う私が許せないみたい。一番モテるのは俺だとか言って何度も果たし状を送ってくるの。…まあ、その度にボコボコにしておいたけど」

 

弱いくせに諦めが悪いんだよね、と奏はぼやいた。


「容赦ないね、奏。今日もまた行ってあげるの?」

「まあね。今日暇だし」

 

 言いながら手紙の封を切って中身を確認してみる。皐も後ろから覗かせてもらう。手紙には宛名と同じ汚い字で、


『原田奏様 五度目の正直です。今度は負けません。放課後中庭まで来てください。 佐々等和希様』

 

 と書かれていた。それを読み終わってから皐は困ったように笑う。

「何で自分の名前まで様付けなんだろうね」

「馬鹿なんだよ。この手紙みたいに」

 

 奏は呆れた顔で手紙をくしゃくしゃに丸めて鞄に突っ込んだ。


 奏達の教室は四階なので、階段を上がる。一年が三階、二年が四階、三年が二階に教室がある。奏と皐は高校二年生なので四階だ。皐とは同じ二年三組だ。二人で他愛ない話をしながら階段を上り、教室へ入った。その瞬間、一斉に視線が奏に集まる。女子からは羨望の眼差し、男子からは怯えの眼差し。いつもの事だったので、奏は無視をして窓際の一番後ろにある自分の席へ腰かけた。皐は奏の前の席に座る。


「相変わらずの人気だね、奏。みんな見ているよ」

「人気っていうのかな、これ」


 興味無さそうに頬杖をつきながら窓の外を眺める奏。クラスメイトは奏に近寄ってくる気配は無く、遠巻きで見ている。近寄りがたい存在。奏はそう思われているのだろう。

 そう思われてしまうのにはもちろん理由がある。高校一年生の時に絡んできた他校の不良を返り討ちにしてから、奏の強さが一気に広まり、彼女の力量を図ろうと力に自信のある者が度々現れた。だが、彼女の前で立っていられた者は未だにいない。

 奏には様々な噂が飛び交っている。告白してきた男子を気に食わないとタコ殴りにする、暴力団を一人で壊滅させた、実は人造人間だ…等々。ほとんどは誰かが面白半分で流した噂だが、人を遠ざけるのには充分だった。

 クラスが一緒になって唯一話しかけてくれたのは皐だけ。どんな噂が流れていても一緒にいてくれる皐がいればそれでいい。奏はそう考えていた。

 ホームルームを知らせる鐘が鳴り、担任の新田武久が教室へ入ってきた。


「皆さん、おはようございます。これからホームルームを始めます」


 奏は新田を横目で見てから視線をまた窓の景色へと戻した。

 新田はまだ二十代半ばで、今年に入って担任が持てるようになった若手教師だ。縁無し眼鏡をかけ、黒髪を真ん中で分けた如何にも生真面目そうな男だ。実際見た目通りの教師であり、女子生徒から人気があるようだが、それを鬱陶しく思っている。そんな男がクラスで浮いている奏を見逃すはずがなく。


「原田さん、聞いていますか?」


 突然名を呼ばれて奏は新田に視線を向ける。彼は眉を潜めて奏を睨んでいた。


「……聞いています」

「そうですか、ならいいのですが」


 新田はそう言ってまた続きを離し始めた。尾ひれはついているものの、噂が絶えない問題児の奏を生真面目教師はいつも見張っていた。こうなってしまったのは自分のせいなのだが、何だか面倒くさい、と奏は静かにため息を吐いた。

 学校で話すのは皐だけだ。あとは一部を除いてほとんどの生徒が奏を避ける。一体自分が彼らに何をしたというのか。彼らに手を上げた事なんて一度もない。皆脚色された噂に怯え、奏を危険人物だと認識し、関わるのを避ける。

 不良に絡まれたから返り討ちにしただけ。始まりは正当防衛だったというのに。


 …違う。始まりはもっと昔。

 小さい頃から奏はよく男の子と喧嘩をしていた。幼少期の記憶なんてほとんど残っていないが、毎日のように髪をボサボサにし、擦り傷まみれで帰って来たと母親から耳にタコが出来るほど聞かされた。相手は誰だと問い詰めても、奏は頑として口を割らなかったそうだ。

 奏には仲の良い男の友達がいたらしい。なので、奏の喧嘩相手はその男の子だと母親は踏んでいたそうだが、奏は違うと確信していた。

 顔も名前も覚えていない。


『―カナ』


 ただ、奏をカナと呼ぶ、あの子のぶっきらぼうだけど優しい声の主が喧嘩相手だなんてとても思えなかった。

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