第9話 猿蟹合戦?

 むかしむかし、あるところに、カニが住んでいました。


 ある日、カニはおにぎりを持って歩いていました。そこへサルがやってきました。何か袋に入っているものをぼりぼりと食べています。柿の種です。サルはカニに気付くと、気さくに挨拶をしました。


「こんにちは、カニさん。良いもの持ってるじゃん。どうしたの、それ。」

「さっき、そこで拾ったんだ。」


 それを聞いて、サルは一瞬固まりました。


「拾ったって…どこで?」

「えーと、その辺だよ。よく覚えて、無いなあ。」


 カニは夢見がちで、忘れっぽくて、頼りないのです。サルはうーんと唸って、カニのおにぎりをしげしげと眺めました。見た目は普通のコンビニおにぎりです。


「カニさん、これ、消費期限が5日も過ぎてるよ。おなか壊すよ、やめときな。」

「でもなあ。もったい、ないし。おなか、すいたし。」


 カニは今にもおにぎりを食べてしまいそうです。サルは慌てて、食べかけの柿の種の袋を差し出しました。


「待て待て。腹減ってるなら、この柿の種をやるから。これとおにぎりを交換しよう。」

「えー。柿の種かー。」

「ほらほら、これ、ピーナッツが無いやつなんだ。種だけのレアものだよ。はい、交換ね。」


 そう言って、サルはカニからおにぎりを取り上げて、柿の種を押し付けてしまいました。


 柿の種をもらったカニは、ぼんやりしながらおうちに帰ってきました。サルから何をもらったか、もう半分忘れています。袋を見ると、柿の種と書いてある。中身も何だか、種っぽい見た目。


「そうか、柿の種か。それなら、植えてみましょうかね。」


 カニは地面をほじくり返して、柿の種をばらまき、土をかぶせました。そうして、水をやり、ハサミをチョキチョキ鳴らして歌います。


「早く芽を出せ柿の種。出さねばハサミでちょん切るぞ。」


 その様子をサルが物陰から伺っています。何となく心配で、後を付けてきたのです。


「おいおい、その柿の種からは芽は出ねえよ…。」


 サルは額に手を当てて天を仰ぎました。しかし、カニは来る日も来る日も同じ歌を歌い、柿の種に水をかけて、随分とご執心です。サルは深いため息をつきました。


 さて次の日、カニが外に出ると、何とびっくり、種をまいたところに苗木が育っているではありませんか。カニは小躍りして喜び、せっせと水を掛けます。


 それをまた物陰から見守っているのは、サルです。実は、昨日サルはホームセンターで柿の苗木を買い、夜の間にこっそり植えておいたのです。あれだけ急成長したなら、カニも満足だろう。サルは胸をなでおろしてその場を去ろうとしました。


 しかし、そんなサルの耳にまた歌が聞こえます。


「早くならぬか柿の実よ。ならぬと、はさみでちょん切るぞ。」

「桃栗3年柿8年って言うだろうが、あほんだらめ…」


 サルは物陰で毒づきます。折角植えた苗木を早速切られてはかないません。しかし、さしものサルも、苗木を急成長させることはできません。サルはうーんと呻きながらその場を離れました。


 それからしばらくして、カニは柿の木の様子を見に外に出ました。そろそろ実が付く頃かしら、などと考えて歩いていると、横から声を掛けられました。


「カニさん、おはよう。柿の木を見に行くのかい?」


 サルです。


「そうだよ。今日あたり、実がなってると思うんだ。」

「そうかい、じゃあ俺も見に行こうかな。」


 サルはそう言って、カニの前に立って歩き始めました。


「そっちじゃないよ。」

「いやいや、カニさん忘れっぽいなあ。こっちだろ。」

「あれー、そうだっけ。言われてみれば、そんな気も、するなあ。」


 サルは苗木の在りかとは違う方向に歩いて行きます。二匹はカニの家の裏手の、泰山木の木の根元にやってきました。何故か、見事に熟した柿がいくつか付いています。よくよく見ると、糸で枝からぶら下がっているようですが、カニは目が悪いのでそこまでわかりません。


「おおー、柿がなったー。」


 もちろん、この柿もサルが八百屋で買って、夜のうちに干しておいたものです。カニの家のそばには手ごろな柿の木が無かったので、やむを得ぬ次第でした。


 カニがまた大喜びしている様子を見て、サルは今度こそホッと安心しました。


「良かったな。それじゃ、俺はこれで。」


 サルは寝不足の目をこすりながら、くるりとカニに背を向けました。しかし、そのしっぽをカニがそっとつかみました。


「サルさん、ボクは木に登れないから、柿を取ってきてくれないかなあ。お礼に、半分あげるから。」

「ええー。カニさん、柿食うの?」

「うん。ボク、雑食だからね。」


 あちゃー、とサルは内心で弱りました。どうせ食べないだろうと思って、干し柿用の渋柿を吊るしておいたのです。カニが柿のことを忘れた頃には良い具合に仕上がっているだろうから、それをせめてものご褒美に頂こうと画策していました。


 しかし、目をキラキラ、泡をぶくぶくさせて頼まれては断れません。サルは折角仕掛けた渋柿をせっせと回収しました。


「わあ、ありがとう。」


 カニは柿を受け取って、深々とサルにお礼を言いました。サルは柿と同じくらい渋い顔です。


「カニさん、それ、今すぐ食うのかい?」


 どうやって止めようかと考えながらサルは聞きました。すると、カニはハサミを横に振りました。


「お友達にあげてから、食べるよ。ボクの親友たち。」

「カニさんの、親友…?」


 サルは首をひねりました。カニは万事がこの調子なので、サルはカニの友達を見たことがありません。サルはカニに連れられてカニの家に入りました。


「紹介するね。友達の臼さんと、栗さんと、蜂さんだよ。」


 カニはサルにそう言いました。サルの目に映るのは、ただの木の臼と干からびた栗、それに蜂の死骸です。


「臼さん、ほら、美味しそうな柿でしょう。え?そう、そうなんだよねー。栗さん、何言ってるの。違うって。蜂さんも、やめてよ、もー。どうしてサルさんをやっつけるのさー。」


 カニは楽しそうに一人で喋っています。サルには当然ながら、臼や栗、蜂の声は聞こえません。サルはしばらく黙ってカニの様子を眺めていましたが、やがてほろりと涙を一筋こぼしました。


「カニさん、カニさん。」

「何、サルさん?」

「俺で良ければ、友達になろう。」

「えー、嬉しいー。友達、増えたー。」


 カニは無邪気にハサミを突き上げて喜びます。サルはその甲羅をそっと優しく撫でてやりました。


 それから二匹は渋柿を軒に吊るし、出来上がった干し柿を分かち合い、末永く良き友であり続けましたとさ。めでたし、めでたし。

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