第7話 白雪姫?

 むかしむかし、あるところに、とても美しい王妃様がいました。王妃様は真実を告げる魔法の鏡を持っており、いつもその鏡にこう尋ねました。


「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」


そうすると、鏡はこう答えます。


「それはあなたです。」

王妃様はそれを聞いて、満足そうににっこりと笑うのです。


 やがて、王妃様は一人の女の子を産みました。雪のように白い肌、艶やかな黒い髪、抜けるような青い瞳のその子は、白雪姫と呼ばれるようになりました。


 ある日、王妃様はいつものように鏡に尋ねました。


「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」


すると鏡はこう答えました。


「それは白雪姫です。」


 その答えを聞いた王妃様は怒りをあらわにしました。


「何ですって!もう一度おっしゃい。」

「白雪姫です。」

「違うでしょ!」


 王妃様は両手で鏡をガシっと掴みました。


「あの子の名前は、白雪姫ではありません。下々の者が勝手にそんなあだ名をつけているだけ。あなたまでそんな呼び方をしないで頂戴。」

「はい…」

「じゃあ、やり直し。あなたには練習が必要みたいだから、3回おっしゃい。」

「ええっ」


 鏡は、鏡なのに緊張してぶるっと身を震わせました。ですが、王妃様は怒らせるととても怖いお方です。下手をしたら粉々に割られてしまうかもしれません。こうなったら、やるしかないのです。


 鏡はひとつ咳ばらいをしました。


「では…じゅげまじゅげまごこーのすりきれかいじゃりすいぎょのうんぎょうまつ…」

「違う違う、ちがーう!」


 王妃様は叫びました。


「私の可愛いジュゲマちゃんは、そんな名前ではありません。分かっていてわざとやっているの?それとも凡ミス?」

「み、ミスです。申し訳ございません。すぐに、やり直します。」


 鏡の表面が青ざめています。しかし、後には引けません。


「じゅげまじゅげまごこーのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽぱいぽの…」

「ぱいぽが1回多い!何をやっているの!」

「はわわわわ…も、申し訳ございません。もう一度、もう一度、チャンスを、お与えください!」


 壁に掛かったままの鏡ですが、土下座をしている雰囲気が出ています。王妃様は冷たい視線を鏡に向けたまま、鼻を鳴らしました。


「良いでしょう。これが最後ですよ。あなたの代わりなどいくらでもいることを忘れないように。」


 鏡はガタガタと震え出しました。壁から外れてしまいそうです。でも、ここが頑張りどころ。鏡はぴかっと表面を輝かせて、もう一度挑戦しました。


「じゅげまじゅげまごこーのすりきれ…」


 いい調子です。


 1回目、OK。2回目、OK。3回目、微かに詰まってほんの一瞬間が空きましたが、言い間違えたわけではありません。王妃様も黙って聞いておられます。このまま続行です。


「…ちょうきゅうめいのちょうこ様であらせられます。」


 やりました。しっかり3回、言い終えました。と自分では思っていますが、実はどこか間違えたでしょうか。鏡は不安になって王妃様の様子を窺いました。その直後、鏡は王妃様の豊かな胸に抱きしめられていました。


「素敵よ!あなたは鏡の鑑ね!」


 鏡はほんのり赤くなります。


 王妃様は鏡から離れると、目じりをそっとぬぐいました。


「あの子の名前を全部諳んじてくれるの、あなたしかいないのだもの。いつもちゃんと言ってくれなきゃ、嫌よ。」

「私の力が、至らず、申し訳ありません。次こそは、一発で、滑らかに、お答えしてみせます。」


 鏡は訥々と答えました。王妃様はそれを聞いて、軽くかぶりを振ってから寂しそうに微笑まれました。


「いつも無理を言ってごめんなさいね。あなたは本来長く話すようにはできていないって、知っているのに、つい甘えてしまう。あなたが私の全てを受け入れてくれるから…。」


 王妃様はしなやかな指先でそっと鏡を撫で、微かに甘いため息をつきます。鏡は優しい声音で答えました。


「私にできることであれば、いつでもお申し付けください。」

「ありがとう。」


 どことなくラブロマンスの香りを身にまとったまま、王妃様は部屋を出て行きました。


 独りになった鏡はそっとため息をつきました。


「全く、先代の鏡の奴め。王女様が生まれた時、王妃様に世界で一番めでたい名前を聞かれて、どこか遠くの国で有名な長ったらしい名前を答えやがって。その挙句、後で言い間違えてパリンときた。おかげで、後任の俺が要らん苦労をせねばならん。」


 鏡はもじもじと身じろぎして、先ほど王妃様が掴んで少し傾いてしまったのを直します。


「あーあ、やんなっちゃうな。」


 鏡は窓の外の空を眺めました。世界で一番美しい王女様の瞳のように、澄んだ真っ青な空が広がっています。


 でも、鏡が世界で一番好きなのは、王妃様の瞳の色。日が落ちて夜になる寸前の空のような、微かに赤みを帯びた深くて暗い青色です。


「しゃーない。練習しとくか。」


 鏡は一人で、ぶつぶつと王女様の長い名前を呟き始めましたとさ。めでたしめでたし。

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