Carpe diem(カルぺ・ディエム)

遥哉

罪深い人――マモン

 目が覚める。今日も何も変わらない。

 窓の外に広がるのは、いくつも重なった分厚い雲と、毒々しい色の地面。枯れて腐った木々に、どろどろの水辺。吸い込む空気は喉が焼けるよう。

 けれど、それが心地よい。安心する。

 いつでも魔界は禍々しくて、私はその一部と化したような、そんな気持ちになる。

「だって私は、いつだって醜い、から……」

 ぽつり、と。くちから零れたのは“誰か”のきれいな声。かつては焦がれたハスキーな声に、誰かの面立ちを思い出して、唇を噛んだ。

 布の奥に隠れた“誰か”の唇は、どんなに強く噛んでも痛みを感じることはなく。きっとそれは、私はあの時圏からずっと、別の“誰か”だから。

 痛いと思うのも。

 嬉しいと思うのも。

 楽しいと思うのも。

 悲しいと思うのも。

 悔しいと、憎らしいと思うのも、ぜんぶぜんぶ。

 私じゃない、“誰か”。


 目を瞑れば、あの日の事が鮮明に思い出せる。


――「ルード、あなたが誰かのものになってしまうなら、どうか今ここで、私を殺して」


 泣きながらそう願った私に、あなたは泣きそうで困ったような微笑みを浮かべて、静かに首を振った。

「君を殺すだなんて、僕には出来やしないよ。僕の大切な大切なクロエ……」

 大切な。

 けれど私は、あなたの一番にはなれないのでしょう。

 大切なその他大勢の中の一人、でしかないのでしょう。

 あなたは優しいから、醜い私にも構ってくれるけれど、本当はこんなお荷物、早く捨ててしまいたかったのでしょう?

 矢継ぎ早に口から零れそうになる言葉を無理やり飲み込んだ。そのまま飲み込んだ言葉で、息が出来なくなってしまえばいいのに、と、思いながら。


 あの時、私を殺してくれていたなら、あなたも私も幸せになれたはずなのに。

 私の事を、きれいに忘れられたはずなのに。

 私が罪を重ねて、今まで以上に醜くなることもなかったのに。

 今なお、醜い私が生き続ける必要もなかったのに。


 なんて。大切で、自分が唯一愛したあなたに罪を擦り付けようとする私は。

 ああ、なんて、罪深い。



――

―――

強欲の柱・悪魔マモンの独白でした。

生前、愛しい男が結婚してしまうことになってしまい、殺してほしい願ってしまった女の話です。

Twitterでタイトルを頂いて書きました。

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