第2話

ふと、自分がどこから来たのか分からなくなる。


幼い頃に両親を亡くし今では形だけの家族と暮らしている。食卓にわたしの席が無いのは「面倒をかけない」という条件で住まわせて貰っているからで、必要なお金は母の兄である叔父さんが私が成人するまで工面してくれる約束だ。たまに息をするのも億劫になる、それでも心まで被害者にはなりたくないからその度に大きく息をする。


そんなわたしにも味方はいて、街随一の色男と名高い幼馴染と学校の友人が2人、あと野良猫の胡蝶。片指だけで十分に足りる数だけれど決して一人ではない。




『お次は西房岬、西房岬———』



 わたしは今日も鈍行の揺れに身を任せていた。瞼を開けると対面の車窓には過ぎ去る街並みと海と地平線が見える。肌に当たる朝日は眩しくて、制服越しに感じる朝日は優しい。程よく人が住み家々が並びが自然が溶け込んでいる、それに海辺の街にしては塩がきつくない。わたしはこの街を案外気に入っている。




平日はいつもこの時間、この電車のこの車両で学校へ向かうから見慣れた顔ぶれも多い。


斜め前に座る女性はいつも綺麗に髪を巻いている。時折花の香りがするのはきっと女性の香水だろう。

車両の一番端の優先座席に座るサラリーマンはいつも本を読んでいる。たまにお年寄りが乗ってくると他にも席が空いているのに立ち上がって、つり革へ移動する。

また視線を反対側に移せばドアの近くで楽しそうに談笑する2人の少女。私立小学校だろうか……制服が小さく初々しい。いつもキャッキャと仲睦まじい声はむしろ心地よい通学のBGM。




『駆け込み乗車はお止めください、発車します』


 

と、水を差されるのは毎度のことで、この駅を出発する前に必ず流れるアナウンス。時間に余裕を持って家を出ればいいものを……懲りずに毎日車掌とわたしから諭されているのに聞く耳を持たないのだから仕様が無い。


人が一人座る振動をそばで感じて「おはよう」と声をかけると、小さな息切れと共に肩に重みがきた。中学は陸上部だったくせに、今じゃそのスタミナは見る影もない。


「そのうち車掌さんに名指しされるよ」


「……日下部穂波くさかべほなみくん駆け込み乗車はお止めくださいって?」


「次駆け込み乗車した場合は乗車をお断りしますって」


「まさか、俺の定期券はまだ2ヶ月分残ってる」


ケラケラと笑うせいで首筋を髪がくすぐる。

しばし間を置いて息が落ち着いた穂波は「おはよ、つむぎ」と一言。やけに時差があるおはようが返ってきた。

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