第246話 対特異危機管理機関 霧野神原五月
全身に粗塩をこすりつけて、冷たいシャワーを打たれながら両手で印を結ぶのは、夜間の睡眠中に受けたケガレを浄化するためだ。
もちろん、彼女の部屋には盛り塩がしてあり結界も張ってあるのだが、だからと言って完全に安全な状態とは言えない。寝ている間に意識が浮遊してしまい嬉しくない土産を持ち帰ることもある。
「なんか、変な夢を見たな。アニメキャラっていうのかな? 女神を名乗っていたけれど本当にどこかの神様だという証拠はないし」
五月はシャワーを止めて、タオルで全身を拭きあげた。下着を身につけてシャワーローブをはおり、背中の中ほどまである黒いストレートヘアにドライヤーをかけると後ろでひとつに結んだ。
昨夜、彼女の夢に『調和の女神アメリアーナ』を名乗る女性が現れて、この世界に現れたダンジョンに対応するために、異世界からエキスパートを送り込むとにこやかに知らせて来たのだ。
『ダンジョンは、皆さんにとって未知のルールで存在しています。彼らからダンジョンでの戦いの基礎を学び、魔力の急激な拡散や魔物のスタンピードを防ぎ、なるべく被害を抑えてくださいね。そして、ぜひ魔力を使いこなしてこの世界の発展に役立ててください』
美しい女神は『目印は腕につけたオレンジ・ウォッチです。今日の午後零時前後に渋谷の交差点に現れますので、お迎えをよろしくお願いしますね。彼らに渡して欲しいものを届けますので、それを持ってパーティと接触してください』と告げた。
「異世界から来るのにオレンジ・ウォッチをつけているとか、夢ならではのいい加減さだよね。ここのところ神経が張り詰めているから変な夢を見ちゃったんだろうな。妙に具体的なのが笑えるわ」
五月は一週間休みなしで勤務して、昨夜は久しぶりに自宅のベッドで眠ることができたのだ。今日、現場に出勤したら、今度は何連勤になるかわからない。
五月が所属する対特異危機管理部門は、元警察官と元自衛官で構成されている、警察庁長官直属の特殊な組織である。業務内容は、日本に起こる異常な事態に対応して解決を図ること。場合によっては、警察官及び自衛官を指揮する強い権限を持つ。
例えば、日本海沿岸に現れた小型怪獣四頭の殲滅。
長野県にある『呪われたトンネル』から十キロ四方に現れた怪奇現象の、同時多発精神乗っ取り事件の解決。
様々な、大っぴらにできない怪異から日本を守るため、密かに組織されてきたこの部門に、まだ若くて経験の浅い
心身共にタフでないと生き残れないような、気の毒な星回りの下に生まれてしまった五月は、幼少の頃より剣道と合気道に励んだ。某体育大学を卒業してから警視庁に入り、『勘の良さ』と『運の良さ』で事件を解決する女刑事として活躍していたのだが、半年前に内密に指令が下されて、警察に辞表を出してこちらの組織、対特異危機管理機関の管理部門、第二課に移ることになった。
「ダンジョンのエキスパートか。女神が本物でそんなのが本当に来てくれたら助かるんだけどな、サンタクロースがやってくるのと同じくらいの
2DKのマンションにひとり暮らしの五月は「冷凍ごはんを食べようかな。確か、牛丼の元があったっけ」とキッチンに向かった。
彼女が泊まり込んでいたのは、十日ほど前に突然現れた謎の巨大洞窟の周辺である。洞窟だというのに重厚な石造りの扉があり、現れた時にはすでに開いている状態だ。試してみたら、人ひとりの力で簡単に開け閉めができる扉の向こうには、岩の天井と壁でできたトンネルが延々と続いていた。
ただちに第二課の職員が急行し、緊急招集でやって来た自衛官が五名、偵察に入った。トンネルを進んだ百メートルほど先は開けたジャングルになっていて、そこでは多数の生き物の気配を感じたらしい。
報告のために戻って来る途中で、緑色の肌をした、小学生くらいの背丈で二足歩行する異形の『魔物』五体と出会い、迎撃からの戦闘になったが、なぜか銃火器がことごとく使用不能になったため、銃剣での戦闘を行った。
軽い負傷はしたものの、五体の魔物はすべて倒した。そして、緑色の魔物は絶命すると同時に消滅して、そこには五つの石が残るだけだったのだ。
「これってまさか……ダンジョン、というものだったりして……」
「なんだそれは?」
「ファンタジー世界にあるという、不思議な迷路です。ダンジョンという言葉は元々のフランス語の意味では牢獄とか地下牢とかなんですが、ゲームの世界では、魔物が棲んでいてそれを倒すことによりなんらかの利益が生じたり、宝箱を手に入れたり、といったお楽しみがある場所として使われています」
その職員は「魔物を倒したら石が手に入ったんですよね。それが魔石と呼ばれるエネルギーを内包する鉱物だったら、ダンジョンが発生したのだと考えていいかと思います」と話した。
「だとしたら、突拍子もないものができたな。なんでこんなところに……こんな」
氷川神社の隣の、大宮公園の真ん中に。
「申し訳ありません、爆発物が埋まっている可能性があるので、現在大宮公園は封鎖中でーす」
氷川神社を守るための障壁が大急ぎで建てられて、大宮競輪場、大宮公園野球場と共に県民の憩いの場、大宮公園は無期限の閉鎖となったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます