第239話

 トーリはマジカバンの中から細長い木箱を取り出した。よく見ると、蓋にはお馴染みのオレンジマークの焼印が押してある。トーリは『ダンジョン産なのに、ずいぶん丁寧な作りですね』と感心した。そして、マリンの前で蓋を開ける。


「オレンジ・ウォッチだ、可愛い……三個入り、だったんですか?」


「そう。そして、僕はこの紫色のオレンジ・ウォッチしか取り出すことができなかったんですよ。マリンちゃん、試してみてください」


 マリンが赤いオレンジ・ウォッチに手を伸ばすと、なんの抵抗もなく取り出すことができた。トーリに「つけてごらん」と言われたマリンは「これ、欲しかったんです」と嬉しそうに赤いオレンジ・ウォッチを腕につけ、厨房にぱたぱた駆けて行って「お父さーん、お母さーん、お姉ちゃーん、トーリさんが良いものをくれたー」と報告した。


「良いものをもらってよかったね」と頭を撫でてもらったマリンは、満足して戻って来た。その様子を見ていたトーリとリスは『マリンちゃんが幸せそうで、よかったね』とほっこりした。


「というわけで、ひとつはマリンちゃんのためのものだった、と。となると、残りのひとつは……ベルンにはつけられないし」


「す?」


 リスはトーリの肩で首を傾げた。オレンジ・ウォッチはリスには巨大過ぎるのだ。この時リスが心の中で『お揃い、いいな……』と羨ましく思っていたことに、トーリもマリンも気づいていない。


 マリンは「ツトムンさん、しか思い浮かびませんね」と頷いた。


 日本からの転生者で、かつ『お人好し同盟』という同じクランのメンバーだったツトムンだが、彼はトーリやマリンと違って『黒いモヤモヤ』の被害を受けていなかったし、ふたりが命を落としてからもずっと日本で暮らしてブラック企業で働き、五十二歳で過労死した。

 ある意味、トーリとマリンよりも気の毒な人生だったのだが、その後はなぜか神界に転生して女神アメリアーナのサポートメンバーとして働いている。


「でも、ツトムンさんは、アレ……ですよね」


 マリンがこそこそっと言った。


「うん。神様の世界にいるツトムンさんに、どうやって渡せばいいのかな? 奉納台に置くのも、ちょっと心配ですよね」


「困った時は、女神様にお聞きすればいいんですよ。これから教会に行きましょう。あと少しでわたしも手が空きますし、アメリアーナ様に報告がてら、一緒に行きましょうよ」


「そうだね。せっかくだから『高級な切り身』のフライを奉納しようかな」


「いいですね! 教会の人たちもアメリアーナ様も、きっと喜びますよ」


 サハギンアニキがドロップした切り身は、まだたくさんトーリのマジカバンの中にある。マリンは切り身を受け取ると、「お父さーん」と厨房の方に調理を頼みに行った。

『木漏れ日亭』の人たちも信心深かったので、そんな事情ならばと無料でフライを作って熱々を渡してくれた。




 宿の仕事もひと段落したので、家族に「行ってらっしゃい」と送り出されたマリンはトーリと並んで歩いて教会に向かった。


「マリンちゃんも、冒険者ランクを上げてダンジョンに潜りましょうよ。浅いところに出てくるゴブリンなら、今でも全然対応可能だし、ゲームをやっていたせいで、戦闘の時の立ち回りなんかもしっかりと身についていますし」


 アガマーニャの街では、ダンジョンで本格的に活動さらには冒険者ランクがEランク以上であることが推奨されている。

 ダンジョンでは草原の狩りとは違って、万一の時に助けを求めにくい。草原ならば、大抵は見える範囲に他の冒険者がいるので、「助けてくれー」と叫んで魔物を引き連れて逃げても喜んで倒しに来てくれる。

 ダンジョン内では、探索者がバラけて獲物の取り合いにならないが、安全に狩りをするためにはしっかりした実力が求められるのだ。


「そうですね。特に魔力で身体強化することを覚えてからは、身体が思った通りに動くし、ギラットさんもとても手に馴染んで使いやすいんですよ」


「魔物に対する恐怖心もあまりないよね。解体もすんなりできたし、元々精神耐性のレベルが高いのかもしれません」


 そして、草原での特訓で行った『魔物の頭投げ』で、さらに耐性スキルが上がったようだ。


「トーリさんに鍛えてもらって、物理耐性も身に付きましたしね。前世の生活がヤバかったですから、精神力や忍耐力はついていたのかも」


「そう、だよね……」


 マリンは笑って言うけれど、毒母に育てられて苦労に苦労を重ねた彼女の前世を思うと、トーリは胸が塞いだ。


「トーリさんったら、そんな顔をしないでくださいよ。あの前世を踏み台にして、今回は幸せな生活を満喫しちゃうんですから! ダンジョン、連れて行ってくださいね。またサハギンアニキが出たら、ギラットさんとわたしでぶつ切りにして、たっくさん切り身をゲットしますよ」


「たくましいね、マリンちゃん」


「はい! やりたいこと、楽しいことが未来にたくさん待っているので、貪欲に生きていきます」


「でも、トーリさんたちと一緒にゲームしたのもとても楽しかったんですよ」「毎晩盛り上がったよね」などと話しているうちに、教会に到着した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る