第235話

 サハギンアニキが現れたのはトーリ限定の特殊イベントだったらしく、たっぷりの『高級な切り身』を彼らに落とし終えるとこの階にはもう二度と現れなかった。


「す」


 しんと静まり返ったダンジョンの空気を嗅いだリスは『この付近に魚はもういませんね』とトーリに告げた。


「切り身祭りは終わりのようだな。これで一生分の切り身を手に入れたんじゃないか?」


 ゴリアテがリスをつつきながら言うと、リスはゴリアテの頭の上に飛び乗って足踏みをした。ちっちゃな仕返しをしているらしい。だが、リスがなにをしても可愛いらしいゴリアテは「おいおい、よせって」と嬉しそうに笑ったので、仕返しの効果はまったくない。


「マジカバンの容量に余裕があるなら、売らないで持っているのも手だよ。ダンジョンから出た食料は、調理しないと時間が停止しているからいくらでも保存ができるしね。他の町で売ると二倍以上の値段がつくし、とても喜ばれるからいいお土産にもなるよ」


 トーリは容量無制限で時間停止機能付きのマジカバンを持っているのだが、ここは「そうですね」と頷いておく。二度目の人生で、女神アメリアーナから特別扱いされていることは、親しい友達にも秘密にしているのだ。


 というわけで、三人は『高級な切り身』を等分した。

 ゴリアテとヨーレイシャは「このすごい武器はトーリの幸運のおかげでドロップしたようなものだし」「サハギンアニキはトーリくんのための魔物だと思うし」と言って、申し訳なさそうであったが「元々、等分する取り決めだったんだからいいんですよ」と言って押し切った。


「あと、アニキは僕のために来たわけではないんです。通常の異常事態イレギュラーなんです」


 大人なふたりは「そうだな」「そうだね」と優しく同意した。


 ここに来ると決めた時、ゴリアテとヨーレイシャはトーリの実力がわからなかった。もしも初めてのアガマーニャ・ダンジョンでトーリを庇いながら潜ることになっても、ちゃんと分け前をあげたいという『雷の伝承ライトニング・レジェンド』の心遣いは、逆にたくさんの魔石やドロップ品、そして素晴らしい専用の武器を手に入れるという結果になって返ってきた。

 まさに情けは人の為ならずである。


 サハギンアニキを片付けてから入ったボス部屋には、サハギンナイトとその眷属、というノーマルな魔物しか出なかったので、トーリとベルンでサクッと倒し、地上への転移権を手に入れた。


「ボス部屋の奥にある階段を降りると、安全な広場に出る。そこの壁にあるボタンを押すと、ボスを倒したと看做みなされた者だけが入ることができる、地上への門が現れるんだ。で、次に来る時には広場に転移してこられる仕組みだよ」


 ヨーレイシャが話した通りにボタンを押し、元々権利があったゴリアテとヨーレイシャ、そしてトーリとベルンは地上へと転移して戻ってきた。


 アガマーニャのダンジョンはミカーネンと違って街の中にあるので、手に入れた品々は冒険者ギルドの買取り所に卸すことになる。


「ギルドでの簡単な報告が義務付けられているから、それを済ませたら要らないものを売りにいこう」


「はい」


「報告っていっても、ダンジョンに異常がなかったかくらいだから……あ。思いきり異常があったね」


 ゴリアテとトーリも「あ」と言った。


「これは長くなるかもしれないね。先に買取り所に行こうか」


 というわけで、三人は今日の成果を売ってお金も三等分してから、冒険者ギルドの受付に行った。


雷の伝承ライトニング・レジェンド』のリーダーはゴリアテなのだが、実際には頭が周りコミュニケーション能力が優れているヨーレイシャがあれこれ仕切っている。


 なので、ゴリアテが「『雷の伝承ライトニング・レジェンド』だ。本日のダンジョンの様子についての報告がある」とリーダーらしく言ったあとはヨーレイシャが引き継いだ。その後はトーリと一緒に後ろに下がり、ヨーレイシャがギルドの職員とチェックシートのようなものに書き込んだりイレギュラーやサハギンアニキの出現について報告をしたりといった手続きを慣れた様子でこなす様子を眺めた。


「ヨロさんは、かなり教育を受けているように見えますね」


 トーリが独り言のように言うと、ゴリアテは「そうだな、受けている。おまえやマリンもだろう? 似たような匂いがする」と応えた。


「匂いでわかるんですか?」


「まあな」


「……野生の獣?」


「おい」


 大きな手でゴリゴリ撫でられて「やめてー毛が抜けるー」などと言って戯れていると、ヨーレイシャに呆れたような顔をされてしまった。


「ダンジョン内の変異は収束したようだから、ギルマスに直に報告しなくて大丈夫だって。もう帰れるよ」


 ヨーレイシャのきっちりした報告で、用事が済んだようだ。


「あと、できたら『高級な切り身』を少しだけでも卸して欲しいって頼まれたから、みんなで売りに行こう。貴族がパーティーで使いたいって依頼も出ていたから、『雷の伝承ライトニング・レジェンド』とトーリくんの名前で完了手続きをしておいたよ」


「助かる。ところでその貴族はヨロの知り合いか?」


 ヨーレイシャはそれには答えず、軽く肩をすくめてみせた。

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