◆閑話◆ 普通のリスのエレジー
「す……」
迷いの森に住むそのリスは、やさぐれていた。木の枝に座りながら木の実をかじり『違う、これはこの木の実の全力ではない』という不満顔をする。
「すっ」
「もっと美味しくなるはず? あなたは変わった子ね。木の実の味に文句をつけるリスなんて、他にはいなくてよ」
リスの隣りに腰をかけて足をぶらぶらさせているのは、この森の精霊ピペラリウムだ。
「す、す」
「そんなことを言ったって、木の実の料理なんて、人でもなければできなくてよ」
「すー」
「まあ、失礼なリスですわね!」
気を悪くしたピペラリウムはリスの頭に頭突きをしたが、モフッとした毛が柔らかくて気持ちがいいので、そのまま頬ずりをした。
「す!」
「自分が料理人になる? あのね、いくらがんばってもそれは無理だと思いますわよ。小さなリスが火を起こしたら、そのまま丸焼けになってしまうと思うの」
「……す?」
「食べませんわよ! そんな怯えた目をなさらないで!」
ピペラリウムは「精霊をなんだと思っていらっしゃるの?」とぷんすかしている。
「す、す、す」
「それは難しい相談ですわね。確かにあなたは普通のリスなのに賢いし、目のつけどころもユニークで、将来性を感じます」
「す」
「この森を出ても、ただのリスが一匹では生き抜けませんわ。命を大切になさって」
リスは、遠い目で森の外の生活を思う。
弱くて小さな生き物が、森を出て生活するのは困難だ。それは重々承知している。
精霊や妖精の加護が強い迷いの森なら、臆病で警戒心が強い小動物は長生きができる。この地に生まれたのはリスとして幸運なことである。
だが。
リスは高い木を駆け上り、風で揺れる木のてっぺんにつかまって周りを見渡した。
遠くに人の住む町が見える。
草原では、大勢の人間たちが魔物と戦っているのが見える。
あの草原で一番弱い魔物でさえ、リスの命を瞬間的に奪うだろう。
リスは自分の小さな手を見た。ちっちゃくて木の実をひとつもぎ取るのが精一杯の手。
普通のリスはこんなことを考えたりしない。目の前に木の実があれば、お腹が満たされれば幸せなのだ。
小さな枝を、リスは少し苦労して折った。たまたま枯れかけていたらしく、いい感じの枝が上手いことリスの手に握られた。
「す! す!」
リスは剣を持つ人間の真似をして、素振りをしてみる。こんなのは攻撃力がゼロでしかないとわかっていたが、リスは振り続けた。
ふと視線を感じて見上げると、空を飛ぶ魔物がリスを狙っているのが見えた。
枝を放り出すと、頭を下にしてほぼ垂直に木を降りていく。
魔物は小さなリスのことなどすぐに忘れて、遠くに飛び去った。
自分は魔物の餌にすらなれない普通のリスである。非力なリスである。
わかってはいたが、リスは地面に落ちた新たな木の枝を拾うと木に登り、そこで素振りを続けた。
熱心に木の枝を降るリスを、ピペラリウムは「本当に変わった子。でも、根性がありますわね」と見守った。
ある日、迷いの森にエルフの少年が迷い込んだ。水の精霊であるアクアヴィーラに気に入られた少年を悪い人ではないと思い、こっそり観察していたピペラリウムも、彼のことが気に入った。
だから、彼の元にリスを送り出した。
リスはベルンという名を得て、冒険の日々に足を踏み入れた。
エルフのトーリが、木の実売りの幼い少女を助けるために、迷いの森にやって来た。彼の肩から落ちたリスに、ピペラリウムは尋ねた。
「森の外の暮らしはどうかしら? トーリとは仲良くなれたみたいですわね」
「す」
リスはニヒルに笑うと『彼は我が木の実を得るための道具に過ぎない』と言った。
「まあっ! なんて酷いことを言うリスなのでしょう!」
ピペラリウムは責めるようにリスを見た。
「す、すーすす」
リスは『お気に入りの道具だから、この命にかえても守り抜く』と言って、ものすごい勢いでトーリのあとを追いかけて行った。
「いやですわ、素直じゃないリスね」
ピペラリウムもくすくす笑いながら追いかけた。
森を出たリスは、もう単なるリスには戻れない。この命が尽きるまで、冒険の旅を続けるしかないのだ。
銀の鹿亭のベッドですやすや眠るトーリの枕元で、保護者のリスは今日も丸くなる。
普通のリスは力を得たが、リスでしかない。だが、全力でトーリを守っていく。
それが普通のリス『ベルン』の定めなのだから。
「す……」
リスの鼻息が、エルフの髪を揺らした。
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