第14話

「それでは、俺は門に戻る。ギルドマスター、あとは頼んだぞ。しっかりと面倒を見てやってくれ」


 ギルドマスターのシーザーはにこにこ顔のトーリと高速で木の実をかじるリスを見て嫌そうな顔をし、『変なのを連れてきやがって』と騎士ラジュールを見たが、渋々と言った様子で「おう」と返事をした。


「ラジュールさん、いろいろとありがとうございました」


「うむ」


「す」


「……うむ」


 騎士はトーリに片手をあげると軽い足取りでギルドを去って行った。リスが可愛かったせいなのか、トーリを上手くギルドマスターに押しつけることができたせいなのかは、彼にしかわからない。


「ラジュールさんはとても親切な騎士様ですね。町の顔って感じなのでしょうか? お友達になれてよかったです」


 トーリのお友達認定発言を聞いて、シーザーは口元に笑みを浮かべた。


(ラジュール、よかったな。堅物のおまえに頭が柔らかそうな友達ができるなんてよ)


 ギルドマスターの内心を知らないトーリは、改めて彼に頭を下げる。


「シーザーさん、よろしくお願いします。冒険者ギルドに登録したいんですけど」


「そうか。このギルドには荷運びや簡単なお使い、助手や話し相手といった依頼がくるが、事務仕事の手伝いなどは商人ギルドの方が多くくる。こっちでいいのか?」


「はい。薬草などの採取はこっちですよね?」


「そうだ。なるほど、腕っぷしに自信がなければ採取専門でやっていくのもいい。魔物由来の蜂蜜などの変わった食材集めも受けるというなら、遠出したり森に入ることもあるから、その時は護衛依頼を出すという手もあるが、いくらかは武芸も鍛えておいた方がいいぞ」


 シーザーは、入会申込書を出した。


「読み書きはできるか?」


「大丈夫です」


「それなら、自分で書け。仮の身分証を出せ」


 トーリはラジュールに作ってもらった紙の身分証をシーザーに渡して、記入を始めた。


「三十九歳か。エルフはいつまでも幼なっこいな」


「シーザーさんは、おいくつなんですか」


「三十八」


「えええーっ、僕よりも歳下でしたか! ……シーザーくんって呼んでもいいですか?」


「断る」


 トーリは「僕の方がお兄ちゃんなのに……」と不満顔をしながら書類を書き終えた。


「はい、お願いします」


「ほほう、弓が使えるのか。さすがはエルフの子というわけだな。どの程度の腕を持つのかはあとで見せてもらおう。それから、生活魔法だな。浄化ができて充分な水が出せるなら、護衛依頼の声もかかるぞ」


「浄化は、まだ手のひらふたつ分くらいですけど」


「いいじゃねえか、それだけできれば、食べ物を浄化することができる。安全な食事が食べられるならと、旅をする者からの需要がある」


「なるほど。おなかを壊したら大変ですからね」


 シーザーはトーリの能力を頭に入れて、今後どのような依頼を受けられるのかを考えた。ギルドマスターの仕事をしているだけあって、彼は意外と頭が良かったのだ。ギルド員の顔もほとんど覚えている。


「あとは……治癒魔法が、微力?」


「かすり傷を治したことがあるだけで、自分でもよくわからないんです」


 怪我人がいないため、練習することもできないのだ。


「今はまだ子どもだから、これから上達するんじゃねえか? 治癒魔法使いは貴重だから、収入にも繋がる」


「そうなんですね。シーザーさん、どこか怪我してませんか?」


「今作ろうか?」


 ギルドマスターの大男がどこからかナイフを取り出して自分の腕に当てようとしたので、トーリは慌てて止めた。


「作っちゃ駄目ですよ! 痛いでしょ!」


「トーリが治してくれれば問題ないが」


「そういう問題じゃありません。それに、僕の力は微力だって言ったでしょう? シーザーさん、自分の身体を大切にしなくちゃ駄目ですよ」


 大男に向かって、めっ! という顔で叱るトーリを見て、シーザーは無言になる。


「おい、誰か、怪我しているやつはいないか?」


 その辺にたむろっている冒険者に声をかけると、若い男が「小さな切り傷だけど、いいかい?」とやって来た。


「トーリ、やってみろ」


「はい。あ、怪我したら水で綺麗に洗わないと、膿んじゃうから気をつけてくださいね。土がついていると特に危険です」


「お、そうなのか」


「そうなのです。『浄化』『アクアヒール』」


「おお、痛くなくなったぞ」


「『アクアヒール』」


「ほとんどわからなくなった」


「『アクアヒール』」


「治った! すげえな」


 男は「ありがとよ、兄ちゃん」と言って、仲間のところに戻った。


「なるほど微力だな。使っているうちに伸びるだろうから、こまめに試してみろ。一応、治療院にも連絡しておくか……」


 シーザーは余白にメモを書き込んだ申込書をギルド職員に渡して「見習いだ」と告げた。


「自分じゃ怪我をしないから、なかなか治癒魔法を練習できないんですよね」


「そいつはいいのか悪いのか、困ったな」


「困りました。元々身軽な方だし、わざと怪我をすることもないから、保護するために身体強化を使ったりしているんですよ」


「身体強化もできるのか」


「できます。あっ、紙に書くところがなかったから……」


 シーザーは手近な紙の端に『身体強化』とメモをしてから声を落として「加護付きだから、無意識に展開していることもあるだろうな」と言った。


「あと、それ、マジカバンだろう」


「やっぱりわかります?」


「カバンひとつで旅をしてりゃ、誰だって気づく」


「それもそうですね。ちなみに、女神様の加護付きなので、誰にも盗むことができないし、盗もうとした人には天罰が下る仕様になっているらしいですよ」


「ふむ」


「あっ、加護といえば、鑑定もできるんです」


 シーザーは紙に『鑑定』と書き足した。


「なかなか才能豊かなやつだな。それは割りのいい依頼がくる能力だ。うちのギルドでバイトしてもいいぞ」


「ぜひやりたいです」


「んで、そのリスは従魔か? 登録するか?」


「いえ、この子はただのリスです。名前はベルン、可愛くて賢いけれど、魔物ではありません」


「そうか。……なんか偉そうだな」


 トーリの肩で、ベルンが『リスですが、なにか?』と言うように仁王立ちしていた。


「従魔でないなら登録はいらんが、そんな感じで実は強いってふりをしていた方がいい。お前さんも、友達を守りたいだろう」


「す」


 リスが頷いたのでシーザーは「本当に賢いな!」と驚愕した。


「呪いかなんかで、リスに変えられた人間じゃないのか?」


「賢くて可愛すぎるから、もしやと思ったこともありましたが、どうも違うそうですよ」


「可愛いは関係ねえだろ」


 トーリは『ラジュールさんもそう思っていたし、この世界には動物になっちゃう呪いが存在するんですね!』と少し怖くなった。


 そんな話をしているうちに、身分証ができたようで、ギルドマスターに渡された。


「なくさないようにな。しばらくの間は見習いとして依頼を受けてみろ。だいたい一、二週間くらいが適当だ。見習い期間の終了は、ギルド員が判定する。見習いの間は報酬は少なくなるが、失敗しても違約金はギルドが補填する。やっていけそうならその後は、Gランクからのスタートとなる。A、S、SSくらいまであるが、現在Sランクの冒険者は数人しかいない」


 トーリは『一、ニ週間……一日は二十四時間、一年は十二ヶ月なのでしょうか。あとで調べてみましょう』と思った。

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