第20話

沙耶  どうしましたか?


?   取られた…サイフを…!





言葉を聞いた瞬間に走り出していた

ニューヨークではアジア人は狙われる

それも老人を狙うなんて

そんな卑怯者を許せるはずがない







沙耶  待ちなさい!警察に連絡済みよ。

    その財布、返しなさい!


男   チッ。どけよ!!!!


沙耶  キャッ…





突き飛ばされ目の前が真っ暗になった

気づいたらジェシカが涙ぐんでいた








ジェ  大丈夫…?


沙耶  うん…


ジェ  もう、無茶しないで…

    正義感なんか捨てなさい


沙耶  怒らないで…ジェシカ


ジェ  あの白髪の紳士がここのスイートを 

    取ってくれたの。1日ここで休みな

    さいと。






あの男性に財布は戻ってきたそうだ 

中身は抜かれたが

思い出の詰まった、妻の形見の財布は手元に残った





沙耶  お礼言わないと…何号室のお客様?









杖の音が響いた

ドアノブが回され小さな白髪の紳士が入ってきた






?   礼を言うのはこっちの方だよ。

 

ジェ  先程はありがとうございました。


?   こちらこそ。妻の形見を守ってくれ

    てありがとう。仕事に戻りなさい。

    この子と話があるんだ。


ジェ  そうですか。では失礼します。








小さな白髪の紳士がこちらに向き直る



?   君の名前は。


沙耶  水沢沙耶…です…。


?   沙耶さんか…うん。

    僕は一度見た顔は忘れない。

    特に君のような美しい人のことは。


沙耶  光栄です。


?   君はなぜここで働いている?


沙耶  母が…まさにこのスイートでプロポ      

    ーズされたそうで。何回も父への愛

    を語っていました。幸せが溢れてい

    ました。そんな両親のことを忘れな

    いためです…かね。


?   そうか。なら今日はここに泊まりな

    さい。遠慮せずに。

    それにしてももったいない。


沙耶  はい…?


?   君なら日本でスターになれる。

    興味はないか?芸能界に。


沙耶  何を仰るんですか。私なんて…


?   世間は君を求めてるぞ。きっと


沙耶  私はホテルマンですから。

    ご厚意に甘えて今夜はこちらで過ご

    させていただきます。

    そろそろ仕事に戻らないと。

    失礼致します。

    

?   頑張って。また会おう。












白髪の紳士は満足げに部屋をあとにした














芸能界に踏み入れるなど許されない

亡き実母との約束

芸能界には関わらない

それだけだった






日本のテレビも日本から離れて見ていない

総理大臣の顔くらいしか分からないのだ









キラキラした世界はもう必要ない

あの日のことを思い出してしまうから

好きな人と過ごしたあのきれいな海を

あの人の手のぬくもりを


離れることで苦しみを癒せるのなら

私は迷わず直ぐに消えていなくなろう


そう思ったあの日





もう会えない、会ってはいけないあの人に

こんな夜は想いを馳せてしまう





ピアノを弾きたくなる

音楽室で隣に座る

彼のために

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