第8話
「ねえ、
「え?まぁ、確かに。こうやって見ていると、かなり新鮮ではあるかな」
それを聞いた
春の日に、心かよわし、思えども、君に添える、嬉しきものを
(春の季節に、想いを通わして、あなたの傍にいられる、なんと嬉しいことだろう)
稚沙はそんな歌を詠んで、思わず椋毘登の肩に自身の体をあずけてくる。結局彼女からすれば、彼と歌を詠み合って、同じ時を一緒に過ごせることが一番の喜びなのだ。
そして稚沙は、返しの歌が欲しいと彼に目でうったえてみせる。
そんな様子の彼女を見て、椋毘登はふと「ゴホン!」と咳をしたのち、ボソッと呟いた。
我となり、寄りて君さえ、思えれば、わらはのごとし、おもしろきかな
(隣にいる君は、まるで子供だ。とても面白い)
「はい?」
稚沙はそれを聞いて、彼はなんておかしな歌を詠むのだろうと思った。これでは完全に自分を馬鹿にしているではないか。
「ち、ちょっと椋毘登、あなた何て歌を詠むのよ!それにその言葉の使い方だと何だか変だわ」
「別に思ったまでにいっただけだろ?それに今のお前そのものじゃないか」
確かに彼のいう通り、自分は年のわりに幼い所もあるだろう。だがそうだとしても、この歌は色んな意味で納得がいかない。
「じゃあ、椋毘登。何でも良いから、今思っていることをもう一度歌にしてみてちょうだい」
「え、他の歌でって……うーん、そうだな」
彼はそれから頭の中で色々と言葉を並べて考えてみる。そして暫くして歌が出来上がったようで、稚沙の前でその歌を詠みあげてみせた。
春遅し、
(春が遅く、鶯が鳴くも現れない、君に寄り添って、愛しいことだ)
(これは『鶯が鳴いているのに、何故春は来ないんだ。でも自分の隣にいる君はとても愛しいよ』ってことかしら?うーん解釈が中々ややこしい)
稚沙は、椋毘登が本来詠みたかったであろう、歌の内容を考えてみる。だがこれを人前で詠むと、相手は恐らく首をかしげてしまうだろう。
「ねえ、椋毘登。あなたもしかして歌を詠むのが苦手なの?」
椋毘登は稚沙にそう指摘され動転したのか、少しどぎまぎした様子になる。どうやら彼女のいっていることは図星のようだ。
「し、仕方ないだろう。俺は歌なんて普段余り詠まないんだから……あぁーだから歌垣なんて、行きたくなかったんだよ!」
彼がこれほど歌垣の参加を嫌がっていたのは、どうやら下手な歌を詠まされて、自身が恥をかきたくなかったからのようだ。
稚沙もこれはかなり意外に思えた。わりと仕事でも何でもそつなくこなす彼が、まさか歌の1つも上手く詠めなかったとは。
「はぁー、まさか椋毘登がここまで歌が下手だったなんて。本当に意外だったわ」
人は誰にでも苦手なことの1つや2つはある。元々仕事で失敗の多かった彼女には、中々他人事とはいいにくい。
「まぁ、余りいえた話じゃないが、お前もこれで分かっただろう?俺に歌の返事は期待するな!」
稚沙はそれを聞いて思った。このままでは椋毘登からは歌を詠んでもらえない。歌の詠み合いが出来ない関係なんて、今の彼女には耐えられたものではい。
(どうしよう、このままじゃあこの先ずっと椋毘登からは歌が貰えない……)
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