吉野での出来事

第53話

こうして10日間程した後、韓媛からひめ達はいよいよ吉野へと向かう事となった。


葛城円かつらぎのつぶらは韓媛と従者を数名ひきつれ、まずは大泊瀬皇子おおはつせのおうじのいる遠飛鳥宮とおつあすかのみやへと向かう。

そして皇子と彼の従者と合流すると、彼らは続けて吉野に行くために馬を走らせた。


韓媛は父親である葛城円の馬に一緒に乗っており、そんな彼女ら親子の横では、大泊瀬皇子が並んで馬を走らせている。


この季節は周りの山々が紅葉におおわれている。そしてそこからは秋の景色も垣間みることが出来た。


そしてこの日は天候にも恵まれ、遠出にとても最適な日となった。


「お父様、今日は良い天気に恵まれて本当に良かったですね」


韓媛は嬉しそうにしながら、後にいる父親に話しかけた。彼女自身、ここまで遠くに来るのはかなり久しぶりである。


大泊瀬皇子はそんな無邪気な彼女を見ながら、内心ふと思った。


(相変わらず韓媛は、父親にとてもよく懐いている。これだと円も中々娘を嫁がせにくいだろう。 まぁ父親と娘が仲が良いのが悪い事ではないが……)


大泊瀬皇子はそんな事を考えながら、突然円に声をかける。


「円、この先一旦は離宮りきゅうに行く事にする。そして荷物をおろした後に、川沿いに向かうがそれで良いか」


皇子曰く、大和の離宮の近くに大きな川が流れており、その付近に紅葉の綺麗な場所があるらしい。今日は皆でそこに向かう予定である。


「そうですね。ここまで走り通しでしたので、少し離宮で休憩したのち向かわれたら宜しいかと」


葛城円は大泊瀬皇子にそう答えた。自分はまだ大丈夫だが、娘の体力も考えて休憩を挟んだほうが良いであろう。



こうして彼らは、一旦離宮に寄る事にした。離宮はこの付近に住む者達に、管理を任せている。


大泊瀬皇子は宮に着くと、管理の者を呼び寄せて指示を出している。


韓媛は始めてきた離宮を、1人で色々と見て回っていた。凄く広いと言う訳ではなかったが、とても綺麗に整備されていて、さすが大和の宮だなと思った。


(本当に良い所だわ。皇族の人達が行幸で使う気持ちが良く分かる)


すると大泊瀬皇子が遠くから、こっちに来るように声をかけてきた。どうやら皆で移動をするようだ。


(あら、やだ私ったら。初めて来たものだからつい……)


韓媛は急いで大泊瀬皇子の元に駆けよった。


「済みません、大泊瀬皇子。初めてきた所だったので、色々と興味深くて」


それでも韓媛は初めての場所なので、とても心を躍らせている。


大泊瀬皇子もそんな彼女を見て、本人がこの離宮を気に入ってくれたようで安堵する。こんな機会でもなければ、中々彼女をここに連れて来る事もなかっただろう。


「いや、それは良いが、そろそろ移動しようと思う」


こうして皇子達は、しばらく離宮で休憩した後、近くに流れている川の側へ向かう事にした。

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