第26話

「何だって!木梨軽きなしのかるの兄上が兵と武器を集めてるだと!!」


穴穂皇子あなほのおうじは衝撃の余り、手に持っていた酒を、入れ物ごと床にめがけて叩きつけた。


そして彼はその場で激しい怒りを顕にした。


兄の木梨軽皇子きなしのかるのおうじの行動は、皇太子としては許されるはずもなく、あるまじき行為である。


そんな兄の木梨軽皇子に対して、彼は不適にうすら笑いを見せた。


「兄上がその気なら、こちらも容赦はしない。直ぐに武器と兵を集めて、小前宿禰おまえのすくねの元に向かってやる……」


さらにこの話だと、物部の小前も今回の挙兵に加担している事になる。

それに木梨軽皇子が物部にいるとなると、武器も集めやすいだろう。


(くそ、小前め、お前も裏切るつもりか……)


穴穂皇子は直ぐさま、家臣達を自身の元に呼び寄せて、今回の経緯を説明した。


それを聞いた彼らも、木梨軽皇子の挙兵の話しは既に聞いていたようで、直ぐに納得した。


「いいか、木梨軽の兄上は絶対に逃さずに捕まえろ! ただし無抵抗な人間はむやみに殺す必要はない」


それから穴穂皇子は、急いで武器と兵を集める事にした。



その際に、木梨軽皇子が作った矢は内部を銅にして作り、その矢を『軽矢かるや』と呼んだ。


また穴穂皇子の方でも矢の武器を作った。こちらは後の世と同じように、鉄の矢じりのついた矢で、矢の名を『穴穂矢あなほや』と呼んだ。


こうして穴穂皇子は、武器が集まると軍勢を起こし、小前宿禰の元へと向かった。





穴穂皇子は小前の屋敷の前に来ると、彼の家を包囲した。そして彼が小前宿禰の家の門前に立つと、急に激しい氷雨が降ってきた。


すると小前は慌てて門に出てきて、穴穂皇子を出迎える。


すると穴穂皇子は、彼に対して歌を詠んだ。


「大前(おおまえ )小前宿禰(おまえすくね)が 金門陰(かなとかげ) かく立ち寄りね 雨立ち止めむ」


(大前 小前宿禰の家の 金門の陰に このように立ち寄りなさい 雨が止むまで待つとしよう)



すると小前宿禰は、彼に返歌をして申し上げた。


「宮人の 足結の小鈴 落ちにきと 宮人とよむ 里人もゆめ」


(宮廷にお仕えする人の 足結についた小鈴が落ちて 人々がさわぎ立っている 里の人達もさわぎ立てないこと)



大前はさらに続けて穴穂皇子に言った。


「穴穂皇子、どうか同母兄に対して兵をお差し向けになるのはお止め下さい。

もし兵をお遣わしになれば、かならず世間から笑われてしまいます。私が木梨軽皇子を捕えて、皇子にお引き渡しましょう」


(小前が、木梨軽の兄上を引き渡してくれるなら構わないだろう……俺も無理して戦いたい訳ではない)


それを聞いた穴穂皇子は、部下に指示を出して、兵の囲みを解く事にした。


「分かった、小前。お前の言う通りにする」


そして彼の兵は、後方に退いた。

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