穴穂皇子と市辺皇子

第20話

大泊瀬皇子おおはつせのおうじは、自身の住まいである遠飛鳥宮とおつあすかのみやに戻ってきていた。


ここは元々彼の父親である雄朝津間大王おあさづまのおおきみが建てた宮だ。

そして大王は、后や彼の子供達と一緒にこの宮で暮らしている。


そんな中、大泊瀬皇子は大王の体調の様子を見るため、彼の部屋へと向かっていた。


先日の葛城能吐かつらぎののとの事件も無事に解決し、皇子自身も、とりあえず一安心している。


(父上が動けない状況の中、今回は大ごとにならなくて本当に良かった……それに俺が最近葛城に行っていたのも正解だったな。最近は豪族間でも問題が色々と起こりやすい)


皇子がそんな事を考えながら歩いていると、ふと急に誰かが声をかけてきた。


「おい、大泊瀬。お前も父上の所に行くつもりか?」


彼が後ろを振り向くと、そこには1人の青年が立っていた。


彼は穴穂皇子あなほのおうじと言い、雄朝津間大王の第3皇子で今年21歳になる。

そして大泊瀬皇子からすると、彼は3番目の兄にあたる人物だ。


「あぁ、穴穂の兄上だったか……」


そんな弟皇子を見つけた穴穂皇子は、そのまま彼の元にやって来た。

木梨軽皇子きなしのかるのおうじが動けない状況の中、今もっとも頼りにされているのがこの穴穂皇子だ。


「お前も、父上の容体を見に行くのだろう?俺も丁度そのつもりだから、一緒に行かないか」


それを聞いた大泊瀬皇子は、自身も同じ理由だったので「あぁ、分かった」と言って、彼と一緒に行くことにした。


2人が大王の部屋に向かって歩いていると、ふと穴穂皇子が大泊瀬皇子に声をかけてきた。


「そう言えば、先日葛城の方で問題ごとがあったそうだな」


大泊瀬皇子はそれを聞いて、恐らく先日の葛城能吐の事だろうと思った。


「あぁ、そうだ。葛城能吐が葛城円かつらぎのつぶらを陥れようとしていた。自身が葛城の実権を握りたいがために」


ただでさえ、今大和では色々と問題事が多い。そこに豪族間での争い事など、彼自身も正直余り関わりたくはなかった。


(あの時韓媛からひめは凄く追い詰めていた。そんな彼女を見てしまうと、流石に助けない訳にもいかない)


大泊瀬皇子は、あんなに動揺した彼女を見たのは初めてだった。

彼女は自分の前で涙を流し、かなり取り乱していた。


「ふーん。葛城能吐がな……まぁ、葛城もこれにこりて、当面は大人しくなるだろうか。豪族の権力が強いと、本当にこちら側もやりづらい」


穴穂皇子は少し嫌みたらしくして言った。今の大和は豪族との連合政権である。そのため、この時代は葛城のような豪族達の影響力がとても強かった。


「本当に、全くだ。まぁ葛城円はそれなりに話しの出来るやつではあるが」


(隣の大陸や半島では戦が絶えないと聞いている。そんな中、この国がもし攻められでもしたらたまったものではない。そのためにも、もっと強い統治をして、この国をまとめ上げなければ……)


大泊瀬皇子は、穴穂皇子と一緒に歩きながら、ふとそんな事を考えていた。

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