第3話

瑞歯別みずはわけの兄上が亡くなってもう21年になる。まさか、兄上まであんなに早く亡くなるとは夢にも思わなかった。

その昨年に彼の妃である佐由良さゆらが風邪を悪化させて亡くなり、その後を追うようにして本当にあっという間だった」


雄朝津間大王おあさづまのおおきみはその時の事を、昨日の事のように思い返していた。その時は丁度3人目の境黒彦皇子さかいのくろひこのおおじが2歳になった頃で、瑞歯別大王みずはわけのおおきみも、皇子が2人もいれば安心だなと言っていた。


そして瑞歯別大王が亡くなると、当時皇子だった彼に、次の大王になる話が持ちかけられた。


だが彼はその話しを3度にわたって断ってしまう。それは自分には荷が重すぎると思ったからだ。

それに彼には異母兄弟の弟である大草香皇子おおくさかのおうじもいた。


だが家臣や忍坂姫の必死の説得によって、彼は大王に即位する事を決めた。


「まさか、自分が大王になるとは思ってもみなかったよ。でも亡くなった兄達のためにも、自分が大和を引き継ぐしかないと思った。大草香皇子は自分よりも若かったからね」


彼の皇后の忍坂姫も横でそんな彼の話しを聞いていた。彼女もそんな彼に連れ添って27年になる。



「でも、あなたが氏姓しせいの乱れを正すために行った盟神探湯くかたち。あれは本当に驚かされましたね」


彼が大王になった当時、姓を偽る者が後を絶たなかった。


この時代に用いられていたうじかばねは、群臣たちの身分を表し、その氏姓を偽る事で、氏姓間の上下関係さえ分からずに混乱が生じていた。

謝って自分の姓を失う者もいれば、故意に高い氏を詐称する者もいた。



そこで彼は、盟神探湯を行って氏姓を正しく定める事にした。


盟神探湯とは熱湯に手を入れる誓約の一種である。

偽る人は火傷を負うとされ、そうする事で偽る人に恐怖感を与えて、自白する効果があった。


こうして彼は、氏姓に偽りのないことを群臣に誓わせて、かつ誤った氏姓を正したのだ。


「あれは自身の氏姓を偽っていた者達を暴くのには、かなり都合が良かったからね」


雄朝津間大王は少し愉快そうにして言った。


それを当時見ていた忍坂姫は、この大王は何と言う荒業をするのだと本当に呆れていた。


「まぁ、氏姓を正せたから良かったものの。お願いですから、あんなやり方は二度とやらないで下さい」


大王になってもこんな変わったやり方をする彼は、本当に昔と変わらないと彼女は思った。


「まぁ、君と連れ添って27年にもなるけど、本当に色々あったね」


雄朝津間大王はしみじみとこの27年間の事を思い返した。


「でも、あなたも体調面にはくれぐれも気を付けて下さい。木梨軽皇子きなしのかるのおうじ達の件もまだ残っているのに、あなたまで倒れたらどうする事も出来ませんから」


雄朝津間大王も最近年齢のためか、少し体調を崩しやすくなっていた。


「あぁ、それは肝に免じるよ。あの二人の問題は本当にただ事ではないからね」


二人はそんな会話をしながら、自分達の子供の幸せを願うばかりだった。

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