第58話

瑞歯別皇子みずはわけのおうじ、頼まれていたお酒をお持ちしました」


「分かった。中に持って来てくれ」


佐由良はそう言われて部屋の中に入った。


部屋の中では、瑞歯別皇子が一人で政り事の仕事をしている最中だった。


(確かに、こんな寒い中部屋にずっといたら体も冷えて仕方ないわ)


佐由良がそんな事を思っていた時だった。ふと瑞歯別皇子が彼女を見て言った。


「あぁ、佐由良が持って来たのか」


どうやら仕事に夢中で、誰がやって来たのかも気づいていなかったようだ。


「皇子、お酒は横に置きますね」


そう言って佐由良は皇子の横にお酒を置いた。 


するとそんな彼女を見て瑞歯別皇子が言った。  


「お前、やけに薄い格好をしているな。それで寒くないのか」

 

彼の目には、佐由良が酷く寒そうに見えたようだ。


「はい、何分大和の冬は寒くて。でもすぐ火を炊いてる所に戻りますので……」 


佐由良は少し体をブルブルとさせていた。


(本当皇子の事を心配する以前に、自分も体を冷さないようにしないと)


そんな彼女を見て、瑞歯別皇子は思わず佐由良の手に触れた。


すると彼女の手はかなり冷えていた。


「お、皇子?」


瑞歯別皇子の意外な行動に、佐由良は少し驚いてしまう。


「やっぱり相当冷えてるな。そうだ、1人で酒を飲むのもつまらないから、お前も少し付き合え」


(え、私が一緒に?)


「いえ、私なんかがそんな滅相な事……1人がつまらないなら、他の者を連れて参りましょうか?」


(きっと他の采女なら、皆とても喜ぶだろうし)


佐由良からそんなふうに言われてしまい、瑞歯別皇子は少しムッとした。


「良いから、横に座れ」


そう言って彼は、無理やり佐由良を横に座らせた。


(お前はそんなに俺と一緒に飲むのが嫌なのか)


そして皇子は自身でお酒をつぐと、それを強引に彼女に渡す。


「で、では、有り難く頂きます」


佐由良は皇子からお酒を受け取ると、渋々お酒を口に入れてみる。


すると少し苦味はあるものの、とてもほんのりとした味合いがした。


「わぁ、美味しい。お酒ってこんなに美味しいんですね」


佐由良のそんな意外な反応に、瑞歯別皇子も少し驚く。まさかお酒を今まで飲んだ事が無かったのだろうか。


「お前、酒は飲まないのか」


「はい、中々飲む機会が無かったので」


佐由良は、余りのお酒の美味しさに嬉しくなり、一気にお酒を飲み干した。


そんな彼女の嬉しそうな表情を見て、瑞歯別皇子も心が和らいだ。


(他の采女だったら鬱陶しくてこんな事しないのに、何故かこいつだけはそんなふうには思わない)

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