第46話
ドンっ!
鈍い音がした。
私の視界が一瞬のうちにぐるぐると渦巻いた。茶色と黒がマーブルに混ざって吐き気を起こしそうだ。
『はっ!』葵さんを必死に掴んでいた初老の女性が息を呑む気配がした。
何!?
何が起きたの―――!?
頭を金づちでも殴られたように痛いし、動けない。視界もぼやけている。
茶色と黒のマーブルが、ようやくその色を取り戻したとき、私の視界は茶色に近い
赤―――
に染められていた。
今まで茶色と黒の世界だったのに、その赤色だけはやけに鮮明だった。
まるで小さな水たまりだったその赤色はどんどん広がって行く。
黒い袖から覗いた白い手が必死に何かを掴み取ろうとして木の床を這っている。
『イヤリング……、一臣さんがなけなしのお金で私に買ってくれた…』
視線の先にやや大粒の真珠のイヤリングが落ちていた。
『一臣さん―――……』
――――
夢はそこで終わった。
はっとなって目を開くと、そこは見慣れたバスの車内で、きょろきょろと辺りを見渡すと、そこには誰もいなかった。
私は無意識に頭を押さえた。多少の疲れがあるからか、片頭痛ぽいのを感じるけれどさっきの衝撃的な痛みはない。
そしてあの喪服の女性も消えていた。
彼女は私が眠っている間、いつの間にか降車していく。
あの喪服に、白い真珠のイヤリング。
「葵さん――――?」
思わず口に出たけれど、すぐに馬鹿げたことだと思った。
葵さんが地面に倒れたとき、床に頭でもぶつけたのだろう。あの出血の量なら間違いなく死んでいる筈だ。
というかそもそも”あれ”は夢だ。
夢―――であってほしい。
でも、何となく後ろ姿が『葵さん』に似ていた。
そして私が前に夢で見た、転がってきた真珠に重なった白い手。
あれがもしかして『葵さん』の手だったら―――
『葵さん』は『一臣さん』に貰った真珠のイヤリングを
掴めなかった―――……?
私の背中に言い知れぬ悪寒が走った。
それは塩原が乗車券を持ったときと同じ様な。
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