第7話


老人の何も映していない目は、やはり死後硬直が始まっているのだろう、白目に走った血管に色はほとんどなく、しかし瞼を下ろすのも一苦労。



「ドラマや映画ではあんなに簡単に目を閉じさせることができるのにね」と彼女が皮肉ると



「事実は小説より奇なりって言うじゃない」と彼女と同じように、女が老人の不自然に曲がった口元の筋肉をほぐしながら元に戻そうと悪戦苦闘していた。



作業がひと段落して最後に老人が着ていたパジャマの皺を伸ばしほんの少し整え、老人の手を胸の上ら辺で組ませた。少々わざとらしいかしら。と彼女は思った。しようの無いことだった。



『自然死』とは無縁な世界で生きてきたのだ。むろん彼女の周りに常に『変死』の死人が居たことはない。



ただ、死人を目にしたことがなかったのだ。



死体の偽装を終えたところで、次の段階を踏むべく手段に出た。



「ねぇ、この部屋から出てオーディオを切って自分の部屋でヴァイオリンを弾いて」



「え?」



彼女の発言に女が不思議そうに目をまばたき



「アリバイ工作だよ。今あんたがここに居るのは得策じゃないわ。言ったでしょう?私があんたを守るって。大丈夫、あんた以外だったらオーディオの音と生の音を聞き分けられるわけがない。今まであんたがずっと演奏してたって思ってる筈だよ」



と言うと、女は大きく頷いた。



「あ、通路から出ないで。バルコニーから。繋がってるでしょう?あんたの部屋に」



これじゃアリバイ工作も何もない気がした。いくらでもバルコニーから伝ってこの部屋に侵入できると言うことを示してもいるのだ。



だから次の一手を用意する。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る