第52話 前の転生者

 もう死ぬんだ、と諦めることだってできた。


 だが、俺は知っている。

 死ほど悲しく、辛く、苦しいものはない。死ほど孤独なものはない、と。


 死というものを前世で経験したからこそ、もう二度と死にたくないんだ。


 当然いつかは、この世界で死ぬときが来るかもしれない。そのときはそのときだ。

 だが、それは今じゃない、とはっきり思った。


 俺がなんでこの世界に転生することになったのか、わかる気がする。


 女神は俺に期待していた。

 闇の勢力から、この素晴らしい世界を──危険と冒険に満ちた、情熱あふれるこの世界を──救うことを。


 友達だってできた。

 秘密を最初に共有し、なんでも話せる親友になったゲイル。最初は嫌だったが、俺の情熱に火をつけ、生きる意味、努力する意味を与えてくれたブレイズ。


 リリーもだ。

 俺をずっと励ましてくれていたし、その可愛い笑顔に何度も救われた。


 クールで近づきがたい人だと勝手に決めつけていたものの、結局は優しくて努力家なフロスト。


 知りたがりで、ときには対応に困るときもあるが、元気をくれるハローちゃん。


 先生たちも、みんな──俺の大切なものになった。


 ここで俺がルミナスを止めないで、誰が止める?

 ここで負けたら、ブレイズは絶対に俺を許さない。それに、そのブレイズも今、拷問に苦しんでいる。


 この思考が巡ったのは、ほんの数秒間のことだったと思う。

 実際に拷問で苦しめられているせいで、1秒が1時間くらいに感じられた。その中で湧き上がってきた対抗心。これは決勝戦──ルミナスはその相手だ。


 じゃあ、勝つしか道はないだろ。


「うぁーーーー」


 苦しみに耐える声と、雄叫びが混じった。

 全身から炎、氷、電気、水──ありとあらゆるものが放出され、そのすべてがルミナスに降り注いだ。


 焼かれたかと思えば、雷に撃たれたかのような電撃、氷の刃──俺が受けている拷問よりも、さらに残酷な拷問と言ってもいい。かわいそうなくらい、出せるすべてのスキルを出し切った。


 息は上がっていた。


 もうあの拷問の苦しみはない。効果は切れたらしい。

 てことは……ルミナスもついにまいったか。


「ジャック……おめぇ、やったな」


 まだ相変わらず苦しそうだが、拷問から解放されたブレイズが言う。

 

 俺よりもずっと長くあの拷問に耐えていたのか……それでそんなに早く立ち上がれるなんて──さすがはブレイズだな。


「まだわからない」


 安心はできなかった。

 まだまだピンピンしてました、なんてことだったら困る。ラスボス戦っていうのは、だいたいそんな感じだ。


「そうでもねーじゃねーか」


 攻撃の煙が消え、ルミナスの姿が見える。


 ボロボロの状態で地面に倒れていた。

 もうこれ以上、動ける感じじゃない。


「勝った」


 心配するべきなのかもしれない。


 ここまでボロボロになって倒れている人を放って、喜ぶべきじゃなかったかもしれない。


 だが、観客も俺もブレイズも、勝利の安心に包まれていた。

 アドレナリンが切れ、俺まで地面に倒れそうになる。なんとか足を出して防いだ。


「悔しいけどよ、おめぇが勝ち取った優勝だ」


 ブレイズが俺を称えるなんて。


 こんな特別な日はない。

 今度から何か言われたらいじってやろう。


 だが、つかの間の勝利も、簡単にぶち壊されてしまった。


「ジャック・ストロングを殺すのは俺様だ。調子に乗ればすぐにこうなる。はぁ。ルミナス・グローリー、勝手に俺様の獲物を横取りしようとした罰だ」


 審判席の方から、あの威圧感のある声がした。


 間違いない。

 包帯男の、ナイフのような残酷な声。


「おいなんだてめぇ! 初めて見るやつ──」


 文句を言おうとしたブレイズが勢いよく飛ばされる。

 戦場の壁にぶつかり、そのまま倒れて動かなくなった。


 観客席から悲鳴が上がり、職員たちの指示を聞かずに一目散に逃げ出した。

 今度こそやばい。早く逃げないと自分たちまで死ぬ、と。


 ブレイズをふっ飛ばしたやつの正体は──。


 覚えているだろうか?

 あの、傷だらけの、不気味な青年。審査員として席に座っていたゲストの男だ。


「やっぱりキミだったのか」


 タイフーン先生がついに立ち上がり、あの青年の前に出る。

 イーグルアイ先生も続いた。


 ルミナスの放つ闇のオーラのせいで、先生たちは近づけなかったらしい。

 それが今、ルミナスが倒れたことで、戦いに干渉できるようになっている。


 恐怖が少し和らいだような気がした。


「ジャックくん、この青年がそうだよ」


 タイフーン先生がこっちを見て言う。

 顔は辛そうだ。言いたくなさそうに顔を歪ませている。イーグルアイ先生でさえもショックを受けたような表情をしていた。


 声からしても、この状況からしても、この青年はあの包帯男と同一人物だ。


 この傷だらけで醜い顔は、確かに包帯で隠すだけはある。

 もはや人間とは思えないレベルの醜さだ。


「顔はすっかり……変わってしまったけど……彼がキミの前の転生者、ブラック・シックネスだ」

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