第47話 誘惑の多い対戦相手

 このベストウォーリアートーナメント、俺がかけるのはそのすべてだった。


 たとえ包帯ぐるぐる巻きのやばいやつに命を狙われていようと、もうシフトして練習を重ねた。

 先生たちが守ってくれると信じてる。それに、そいつが襲ってきたら俺自身も戦えばいいだけの話だ。


 もう包帯男の脅威なんて頭になかった。


「ジャックくん、頑張ろう!」


 1回戦が始まる前、リリーが話しかけてきた。

 俺はもう、リリーのことが完全に好きになってしまっている。


 そして、リリーも俺のことが好きだ。


 妙に緊張してうまく話せない。

 つい昨日、一緒に踊った相手だというのに。


「一緒に優勝を目指そう」


 言葉を選び抜いた結果、そう真剣に言った。



 ***



 それから──。


 もう3回戦が終わった。


 俺は炎のスキルだけで圧倒して勝つことができていた。

 次はもう、準々決勝が始まる。他の連中もいい結果を出してきているらしい。


 で、肝心なリリーのことだが、惜しくも3回戦で敗退した。


「ジャックくん、負けちゃったよぅ」


 相当落ち込んでいるかと思っていたら、そうでもない。

 少なくとも、俺の目にはそう見えた。


 言っている通り、負けちゃった、って感じだ。


 目は輝いていて、気持ちよく戦えたらしい。

 どこか負けたのに清々しい様子だった。


「優勝はジャックくんが取ってね。リリー、負けたけど、絶対ジャックくんが勝てるように応援するよ」


「ありがとう」


 ……。


 そうして、リリーは観客席まで上がっていった。


 敗者は直ちに観客席に上がらないといけない。

 他の出場者の邪魔にならないようにするためらしい。


 このトーナメントに親切な敗者復活戦はない。


 負けたらその時点で終了。

 終わりだ。


 だからこそ、みんな最後まであがき続ける。どんなに苦しくても、どんなに醜くても……。


 観客席に去っていくリリーの背中は、なんだか悲しく見えた。

 本当は悔しいんだ。

 それをぐっと我慢して、俺の戦いを応援してくれた。リリーの拳は強く握られていて、顔はうつむいている。


 そうだ。


 俺に負けた生徒たちも、みんな本気だった。軽い気持ちで挑んでくる人は誰ひとりとしていなかった。

 このトーナメントがいかに大事なものなのかが、今改めて理解できた気がする。


 学園長がどうしても伝統を守り、開催したい理由も。


「次からは炎だけじゃ戦えないな」


 準々決勝──対戦相手はあのヴィーナス・エレガント。

 クラス上位に君臨する実力者で、推薦入学者でもある。また、学園で1番の美少女だ。


 そのスキルは『誘惑』で、彼女のウィンクを受けた男は発情してしまう。


 だが、そのスキルが効かない男もいるらしい。

 聞いたところによると、その仕組は謎に包まれているそうだ。本人のみぞ知る秘密らしい。



 ***



「ストロングさん、ご機嫌いかかですか?」


 上品な挨拶。

 今から戦うという相手にここまで好印象な挨拶をするとは。


 確かに、どんな人もこれをされたら戦いたくなくなる。


 で、実際本来の力を出せないんだろう。

 ペースが最初から乱れてしまうと、また自分の戦い方に持っていくことは至難の業だ。


 だが、もし本気でエレガントに応戦したとしても、彼女自身、かなりの戦闘能力を持つ。


 魔術も剣術も、クラスでは常に上位にいる。


「機嫌はいい」

 

 とりあえずそれだけ答える。


 そして──。


「いよいよ、準々決勝ジャックくん対ヴィーナス嬢、スタート!」


 タイフーン先生の合図で戦いが始まった。

 エレガントは右手に金の片手剣を握っている。剣捌きにおいては俺よりもうまいと言っていいだろう。


 この王国戦士の伝統的な戦い方として、剣で来られたら槍で返せ、というのがある。

 

 授業でそのことについても習うわけだが、いまだにその理由も根拠もわからないままだ。

 剣で応戦した方がずいぶんと戦いやすいだろうに。


 武器は持ち込んでいない。

 要するに手ぶらだった。だが、俺にはチートスキル『適応』がある。近くではフロストとブレイズが戦っているのがわかった。


 決勝はみんなが注目する中、残ったふたりだけで戦うが、準々決勝まではみんなコートに分かれてほぼいっせいに戦うことになっている。


「剣の前で武器を使わないおつもりですの?」


 そう上品に言いながら、エレガントが攻撃してくる。

 派手なわけじゃないが、的確な動かし方だ。


 剣をうまく回しながら、優雅に切りつけようとしてきていた。これに切られると、美しいスライスになることは間違いなし。俺はまだ応戦の準備ができていなかったので、うしろに大きく跳躍することで攻撃をよけた。


「華麗な身のこなしですね」


「俺も優雅に戦うの、好きなんだ」


 ちらっと見えたフロストを真似て、氷の剣を作り出す。

 また距離を詰めてこられたので、ここでは剣で弾き返すことがベストな選択のはずだ。


 氷の剣の頑丈さを疑うのはなし。


 俺の氷の剣は見事にエレガントの剣を跳ね返し、さらには蹴りまで入れる余裕も作れた。

 よし、このまま攻めれば俺の勝ちだ。


 エレガント、すまない。

 俺は絶対に負けちゃいけないんだ。


「ジャックさん……わたくしのこと、好きですか?」


「え?」


 唐突に聞かれたことで、俺の脳は冷静さを失った。

 剣を下ろし、剣を構えたエレガントの前に立ち尽くす。それにしても、綺麗な顔だ。


 こんな完璧な顔面は見たことがない。

 まるで美の女神。


「わたくし、前にも言いましたが、ジャックさんが好きですわ」


 そして、エレガントは俺にウィンクした。

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