アクシデント
第11話
――そして、3日後の満月の日。
今晩、私は元の世界に帰る。
誰がなんと言おうとも、帰る場所は一つしかない。
本当はバンザイするくらい嬉しいのに、残念ながら喜べない。
なぜなら、萌歌の気持ちがこの世界に残されたままだから……。
朝、先に家を出ていった萌歌の背中を追った。
あと数時間で一生のお別れになってしまうから、いま伝えなきゃいけないことがある。
「萌歌! 待って、萌歌!」
「ついてこないで。一緒に歩いてたら他の人にあんたと仲が良いと勘違いされるでしょ」
「大事な話があるの。だから、私たち話そう!」
「……今度はなに?」
「私、今晩元の世界に戻ることになったの。この世界にはもう二度と戻って来ないよ」
と、相変わらず壁のような背中。
振り向かないどころか抑揚のない返事が届く。
「だからなに?」
「一緒に元の世界へ帰りたいの。私と仲直りしなくてもいいから……」
彼女がどう言おうとも、この瞬間に諦めてしまったら私はきっと後悔する。
それは1日2日程度じゃなくて、何年何十年と……。
例え嫌いな相手でも、運命を狂わせたまま置き去りにするなんて無責任過ぎる。
自分には少なからずこの世界に巻き込んでしまった原因があるし、今夜元の世界に帰らなければ次は1年後になってしまう。
その上、彼女は帰る方法を知らない。
だから、食い下がるのをやめた。
「そーゆー問題じゃないの。あたしはこの世界でやっていくと決めたから」
「本当にこのままでいい? 生まれ故郷はここじゃないんだよ」
「別にいい。いまが幸せだから」
「いっときの感情任せにしないでよく考えて……」
「しつこい! 今日はただですら調子悪いのに、あたしにあれこれ指図しないでよ!」
彼女は鬼の形相でそう言うと、歩くスピードを上げて距離をとった。
何度伝えても、なかなか伝わらない想い……。
どうすれば納得して一緒に帰ってくれるのだろう。
帰る時間まで残り12時間近くあるけど、話し合える時間は限られている。
だから、門前払いでも構わないと思って休み時間ごとに声をかけた。
でも、彼女の思いは変わらぬまま。
時間だけが過ぎていき、気づけば家を出発する時間の19時に。
私は最後の身支度を終えてから、彼女の部屋の扉の前に立って扉を叩いて言った。
「私、そろそろ行くけど……。萌歌は本当に後悔しない?」
「……」
彼女は部屋にいるはずだが、扉の向こうから返事が届かない。
無視されているのかと思って少し声を上げる。
「最後に顔だけでも見せてくれない? ……私たち、もう二度と会えなくなっちゃうかもしれないし」
「……」
「萌歌、聞いてる? 聞いてたら返事をしてくれない?」
「……」
「萌歌?」
最初は口をききたくないだけかと思っていたけど、返事をしないのは今日が初めて。
次第に異変を感じ取り、扉を開けて部屋の中を覗くと……。
萌歌はベッドの中で息苦しそうにしている。
それを見た途端、すかさず傍へ駆け寄って横から声をかけた。
「萌歌。どうしたの? ちょっと苦しそうだけど」
「なんでもないよ……。いいから早く行って」
夏掛け布団から少しだけのぞかせている顔は赤い。
額に手を添えると、焼き付きそうなほど熱を帯びている。
「うわっ……、すごい高熱。いままでどうして教えてくれなかったの?」
「あんたには関係ない。あたしのことなんて放っておいてよ」
「そんなの無理に決まってる。どうしよう……。こんな時に限ってお父さんは出張へ行っちゃったし、ゆりさんは遅くまで残業だって言ってたし……」
「あんたは元の世界に帰る日なんでしょ。あたしなんて置いてとっとと帰ればいいよ」
彼女はそう吐き捨てると、夏掛け布団を頭まで被った。
「ちょっと待っててね。いまリビングから冷却シート持ってくるから。とりあえずおでこを冷やさなきゃ」
「……ねぇ、あたしの話を聞いてるの?」
「そのまま横になっててね。一緒に解熱剤も探してくるから」
私は返事を待たぬままリビングへ。
収納棚から救急箱取って中を開くが、冷却シートは見つからない。
同時に解熱剤を探すがそれも見つからなかった。
焦燥感に駆られたまま時計に目を向けると、時刻は19時10分を過ぎていた。
この時点で目標としていた外出時間に遅れをとっている。
桐島くんと約束している陽翠湖に20時に到着するには、遅くとも19時半には家を出なければならない。
タイムリミットは残り20分。
この残り少ない時間内にドラッグストアで買い物を終えて戻ってくればギリギリ間に合う。
幸いドラッグストアまでは徒歩5分程度だし、そこから薬を飲ませてもまだ時間は残る。
でも、萌歌は体調不良だから結局ここでお別れに……。
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