唯一のあて
第6話
――場所は教室。
私は授業の合間の時間や昼休みの時間を使ってパソコンやスマホでパラレルワールドについて検索していた。
もちろん元の世界に帰る為に。
萌歌や桐島くんは帰る気はなさそうな感じだけど、私が元の世界へ繋がる方法を見つければきっと興味が湧くはず。
自分がまず一歩踏み出さなければ何も始まらないと思って調べ始めた。
検索で一番厄介なのは文字が左右反転してること。
慣れていたはずのスマホのフリック入力ですら真逆方向にスライドしなければならないので苦戦する。
パソコン画面も見づらいからスマホで写真を撮ってから画像を反転させる。
そうすることによって字は読みやすくなるけど、余計に手間取ってしまうのが難点だ。
でも、有力な情報は見つからない。
ただの仮説で片付けられてるような気がする。
自分たちのようにここへ来た人間がいる可能性もあるのに情報が残さていないなんて……。
私は最悪な事態も想定しながら諦めずに検索を続けた。
何日も、何日も……。
放課後、教室内がひとりぼっちになってることに気づかなくても、毎日パソコンと向き合う日々を続けた。
すると……。
「……ったく!! しゃーねーなぁ……」
――検索を始めてから約2週間後の放課後。
ガランとした教室内でいつものようにパソコンに向き合っていると、桐島くんが私の机の隣にリュックをドサッと置いて椅子に座った。
「桐島くん……」
「途中で諦めると思ってたのに、お前全然諦めねぇから」
「だって、帰る方法を探さないと……」
「その熱意に負けたから手伝ってやるよ。朝から放課後までパソコンをカタカタしてるところを見てたら、こっちまで帰りたい気持ちが伝わってきたし」
彼はそう言うと、リュックのファスナーを開いて中からパソコンを取り出して起動させる。
「ありがとう。一人で探すのに限界を感じてたから」
彼の優しさが後押ししたのか、瞳から一粒の雫が滴った。
何度調べても検索がヒットしない上に、一人きりで不安が募っていく一方だったから。
「泣くなよ。俺がイジメてるみたいだろ」
「だって、嬉しかったんだもん。こんなに毎日検索しても情報は一つも拾えないし、相談する相手もいなかったし」
「……ごめん。俺、自分のことばかり考えてた。ここへ来てから悩みが解消されていたから帰らなくてもいいかなって思ってた。でも、そんな簡単に満足しちゃいけないってお前の背中が教えてくれたよ」
「桐島くん……」
「必死に帰ろうとしているお前と、悩みが一瞬で解決して楽観的に考えていた俺。同じ条件でここに来たのに、お前を見てたら自分は何やってるんだろうって考えさせられたよ。でも、今日からは協力する。検索スピードを二倍にしようぜ」
「うんっ!! 頑張ろうね!」
このままずっと一人で探していかなきゃいけないと思っていた分、驚きと喜びが半端ない。
「ってか、スマホのカメラでパソコン画面を撮って反転させてから読むなんてよく思いついたな。すげぇじゃん」
「でしょでしょ! 確かスマホにはそんな機能があったと思って。これなら勉強も追いついていけるはず」
「俺なんて黒板の文字をそっくりに書き写してたよ。いつかは慣れるかもしれないけど」
「あははっ、私は無理だったから授業中も黒板の文字をこっそり写真に収めていたよ」
「賢いな、お前。……でも、そのやり方だとテスト時に苦戦するだろうな」
「うぐっ……」
クラスメイトから怖いと恐れられていた桐島くん。
外見からして不良っぽいイメージが強かったけど、こんな優しい一面もあるんだね。
なんか、意外だったよ。
――私たちはその日を境に、放課後教室に残ってパラレルワールドについて検索を始めた。
集中するあまり最終下校時刻になることも多い。
5月ということもあって下校時刻の18時半はまだ外は明るいけど、学校に滞在出来るギリギリの時間まで相談しながら調べていた。
検索方法を変えたり、英文を翻訳したりと、あらゆる手段を使ってみるが、やはりなかなか見つからない。
「いっそのこと、思いきって検索キーワードから”パラレルワールド”を抜いてみる?」
「じゃあ、なんて検索するの?」
「うーーん……。そうだなぁ。”もう一つの世界”とか”異世界”とか」
「なるほど。少しでも接点につながればいいんだけど」
私と彼が隣同士の席に座って細かい相談をしながら二台のパソコンとスマホを使って調べていると……。
「もう一つの世界なんて信じてるの?」
前方扉から聞き慣れた声が届けられた。
目線が吸い寄せられると、そこには腕を組んでいる心葉がいる。
その様子から少し興味を持ったかと思い、椅子から立ち上がって彼女の方へ駆け寄った。
「そうなの。実は私、もう一つの世界から来たの。だから、もう一つの世界に帰る方法を桐島くんと一緒にパソコンで検索してて……」
「私は信じないけどね。そんな世界なんて」
「えっ」
「調べても時間の無駄だと思う。……じゃあね」
心葉はサラリと言い残すと廊下へ消えていく。
「ちょっ……、ちょっと、心葉!!」
追いかけて扉に手を置いて廊下を覗くが、彼女は振り返ることなく廊下の奥へ。
元の世界ではなんでも話せる仲なのに、
思わず扉を支えていた手がガクッと垂れ下がる。
「なんか……、虚しいね。仲が悪い萌歌と家族になってケンカしている間にこんな世界につれて来られちゃうし、ここの人たちの性格が逆で建物は左右反転してるし。萌歌に帰ろうって言っても断られるし」
「……」
「私、前世でなんか悪いことをしたのかな。過去の記憶なんてないのに、いまその代償を払わなきゃいけないの? どうして私だけこんな目に合わなきゃいけないの? もう二度と元の世界に戻れなかったらどうしよう……」
ここに来てから今日までのことを思い返していたら胸が切り裂かれそうになった。
帰れるかどうかもわからないのに、人にここまで言われると頑張る気力さえ失い始めている。
すると、桐島くんはいきなり声を上げた。
「はぁああっっ?! いまさらなに弱気なこと言ってんの?」
「えっ……」
「頑張るって決めたんだろ。俺ら、ぜってぇ帰るから。いまはまだ結果にたどり着いてないけど、きっと自分たち以外の人もここに来てる可能性があるからなにか見つかると思う。それに、堀内の努力は必ず届くよ」
――私、大事なことを忘れていた。
帰る方法が見つからなくてついネガティブになっていたけど、今日までの努力を隣で見ていてくれる人がいるということを。
「そう……かな……」
「あ、そうだ! 肝心なことを忘れてたよ」
「えっ、なに?
「佐神に話を聞いてみるってのはどう? ほら、授業で言ってたじゃん。パラレルワールドについてさ」
「あぁっ!! それいいね! どうしていままで気づかなかったんだろう。佐神先生ならなにかヒント的なものを知ってるかもしれないからね」
「じゃあ、いまから聞きに行ってみよう」
私たちは雨音に包まれている教室で荷物を片してから職員室に向かった。
確かにあの時、先生は言ってた。
”もう一つの世界がある”と。
授業中に伝えるくらいだから、先生はその件について調べている可能性があるし、有力な情報を握ってる可能性がある。
私たちは期待を膨らませたまま佐神先生を職員室の出入り口まで呼び出して、パラレルワールドについて聞きたいと訪ねてみたけど……。
「僕はそんな話をしてない」
予想外の回答が下だされた。
私たちは思わず互いの目を見合わせる。
「だって、この前授業で言ってたじゃないですか。もう一つの世界があるって……。私たちはちゃんと聞いてたんです」
「君たちの聞き間違えじゃないかな。だいたい授業でそんな話をするわけがない」
「覚えてないなんてあり得ないだろ。つい2週間前の話なのに」
「そんな話自体してない。君たちの勘違いだろう。……もうとっくに下校時刻は過ぎてるからそろそろ帰りなさい」
「先生っっ!!」
「おいっ、佐神! 隠すなよ」
「桐島! 先生に呼び捨てなんて失礼じゃないか。態度を改めろ!」
「くっっ……。なんだよ、以前とは別人みたいにさ」
「別人? なにを言ってるんだ。……さぁ、もう下校時刻だから帰りなさい」
期待も虚しく職員室の奥へ戻っていく先生。
唯一の期待が見事に砕け散った瞬間だった。
私たちはしゅんと肩を落としながら静まり返った廊下を歩き進める。
いまの心境は空一面にびっしりと雨雲が敷き詰められている梅雨空と同じに。
「佐神先生の性格も真逆だったね。普段は生徒に野次られてるような人なのに」
「元の世界と並行しているはずなのに、パラレルワールドの話をしてないなんて……。唯一の宛が消えたな」
「私たち、このまま帰れないのかな。この世界で一生いきていかなきゃいけないのかな」
「……諦めるのはまだ早い。明日図書室へ行って調べてみよう。何かヒントが見つかるかもしれない」
「図書室……かぁ。新しい情報を嗅ぎ回ってばかりいたから図書室の存在を忘れてたね」
「気ぃ落とすなよ。これからが勝負だからね」
彼はそう言うと、私の頭にポンッと手を置いた。
もし、私があのままずっと一人きりで調べていたら、佐神先生に話を聞きに行くことも、図書室へ調べに行くことも思い浮かばなかったよ。
努力をしていれば必ず見てくれる人がいるって聞いたことがあったけど、それは本当なんだね。
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