彼の心の中
第21話
「先生、遅くなってすみませんでした!」
「塚越さん、次は提出日に間に合うようにね」
「あ、はい……。気をつけます」
昨日数学のノート提出があったにもかかわらずノートを持ってくるのを忘れてしまったので、この放課後の時間を使って職員室まで提出しに行った。
職員室の扉を出ると、廊下ですれ違った女子二人の噂話が耳に届く。
「ねぇ、見た見た? 似顔絵コンクールの絵」
「一つだけプロのような作品あったね。美術部の人が描いた作品かなぁ」
「あったあった、色鉛筆画のやつね! あまりにも繊細なタッチだったから、一瞬写真かと思ったよ」
……あ、そっか。
今日は似顔絵コンクールの絵の展示日だったね。
降谷くんが家を出ていったあの日から大切なことを忘れてしまうくらい気持ちは下降していたからすっかり忘れてたよ。
私の似顔絵はどんな風に仕上がったのかな。
何枚も何枚も書き直してたから納得がいく作品に仕上がったのかな。
最後はどんな気持ちで仕上げたのかな……。
私は教室に向かっていた足をUターンさせて体育館へ向かった。
到着すると、体育館内は生徒たちの声で賑わっている。
入口のすぐ横にある投票用紙と鉛筆を手に取って中へ足を進めた。
壁一面に貼られている絵の中から降谷くんの作品を探すのは大変だ。
でも、私の絵を描いていたから、その分見つけやすいかもね。
ざっと辺りを見回しても50人ほどの生徒たちが絵を眺めている。
スマホをかざして絵の写真を撮影したり、「誰に投票する?」などといった相談をしあったり。
会場は大いに盛り上がっていて、少し奥の方に行ってみると一か所だけ人集りができていた。
みんなは同じ方向を見ているから、もしかして……と思って傍に寄ってみると、そこには予想通り色鉛筆画で描かれている私の似顔絵が。
それが瞳に映った瞬間、言葉を失った。
何故ならその絵には、モデルをしていた頃に一度も描かせたことのない笑顔の自分だったから。
「う……そ……」
彼は以前言っていた。
絵はその人らしさを表現したいと。
もしそれが本音だとしたら、彼の中の私は笑顔で溢れていたのかな。
それに、貝殻をプレゼントしてくれた時に言ってた。
『これは貝殻?』
『今日のお礼。高台のベンチに座る前に拾ったんだ。なんか、それがお前っぽいなって。小さくて、細くて、頬をピンクにしながら笑っててさ』
降谷くんはうちで一緒に暮らし始めてから私のことをしっかり見ててくれた。
ずっと遠い存在だと思ってたけど、絶対に手に届かない人だって思ってたけど。
私が見ていないところで書き直した絵は、彼の心の中の模写に過ぎない。
それなのに、私は彼の気持ちも考えずにヤキモチに打ち勝てなかった。
絵を眺めてるだけで恋しさは募っていく。
しかし、絵の下に貼られているエントリーナンバーの横のタイトルを見た瞬間、瞳に溜まっていた雫が一直線に降下した。
「汚いよ……。こんなやり方……」
ーー私、やっぱり降谷くんが好き。
冷たくてもいい、意地悪でもいい。
消しゴムを半分くれたあの日から運命の選択は間違ってなかった。
好きな人はやっぱり降谷くんじゃなきゃ嫌っ!!
心が1つに決まった瞬間、先ほどまで棒のように佇んでいた足は体育館を全力で駆け抜けていた。
校舎の中に入り、前髪が風で煽られながらも足に全身の力を込めて彼の教室に向かう。
「はぁっ……、はぁっ……、すみません、そこを通して下さい!!」
一心不乱のまま走って、廊下に残っている生徒の間をするりと抜けて、降谷くんの教室を目指した。
ところが、教室に到着し、足に急ブレーキをかけてから後方扉に手をかけて中を覗き込むと、教室内には女子二人だけしか残っていない。
はぁはぁと乱れている息を整えながら、一旦頭の中を整理する。
降谷くん、もう帰っちゃったのかな。
絵を描いてくれたお礼を言いたかったのに。
感想を伝えたかったのに。
いますぐ伝えたいことがあったのに……。
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