落とし物

第9話

「脈なしから一緒に暮らしているうちに名前を聞きたくなるくらい興味が湧いた。……つまり、恋愛レベル0から1に発展。ということは、1から2になる可能性もある。レベル0が無関心で、1が興味ありで、2は気になる人で、3は好きな人。これ、ステップ踏んでいけばワンチャンあるんじゃない?」


 ーー翌朝。

 通学路で降谷くんとの妄想を繰り広げ、ひとりごとを呟いてムフフと声を漏らしていると……。


「おーはよ! なにひとりごと言ってるの?」


 りんかが朝一番の元気な声で後ろから肩を抱いてきた。

 その衝撃で体がトンッと前に揺れる。


「あ、りんか。おはよ〜」

「ご機嫌じゃない。……さては、なんかいいことあったな」

「ううん、何でもない!!」


 本当は喋ってしまいたいくらいのビックニュースが立て続けだったけど、降谷くんとの秘密は守らないとね。

 んふふっ、りんかが降谷くんとの同居の件を知ったらびっくりするだろうなぁ〜。


「……なに笑ってんの?」

「ん〜っ、なんでもないっっ!」

「こぉ〜らあぁ〜、教えろぉぉ〜。親友の私には教えないってのかぁ〜!!」

「なんでもないってばぁ!」


 私たちがふざけ合いながら学校に向かっていると、後ろからキャーという叫び声を聞き取った。

 二人同時に振り返ると、そこには降谷くんが複数人の女子に囲まれながら歩いてくる。

 すると、りんかはそれを見ながら言った。


「降谷さ、相変わらずだよね。女子の黄色い声がGPSだもん」

「あの子たちはみんな彼女希望なんだろうなぁ。競争率高すぎ」

「去年はクラスの女子全員からバレンタインチョコを貰ったらしいよ」

「私はうちの学校に通ってる女子の2/3って聞いたけど」

「……ってかさぁ、降谷は顔もそうだけどオーラもレベチだよね。犬も振り返るくらいイケメンってどーゆーことよ!」

「あははっ、確かに先日犬が振り返ってたよね! メス犬だったのかなぁ。尻尾振ってたし」


 私たちは「そうそう」と言い、お互い顔を見合わせながらケタケタと笑っていると……。


「みつき」


 降谷くんのことばかりを考えているせいか幻聴が聞こえてきた。

 しかも、呼び捨て。

 お陰で少しいい気分に。


「あぁ〜あ、一度でいいから降谷くんに”みつき”って呼び捨てにしてもらいたいなぁ。『みつき、もっと顔を見せて』とか、『みつき、かわいいよ』とか、『みつき、もっとこっちにおいでよ』とかさぁ」

「降谷がそんなこと言うわけ…………。ね……、ねぇねぇ」

「『みつき、その瞳は最高に輝いてるね』とか、『みつき、目を閉じてごらん』とか。きゃああああっっ!!」

「み……、みつきったらぁ。ちょっとぉ……」

「なによぉ〜、いまいいところだったのに」


 りんかが少し強めに腕で小突いてきたので、夢気分から冷めて彼女と同じく背後に目を向けると、そこには……。


「みつき……」


 ななな、なんと!!

 降谷くんが真後ろに立って私の名前を呼んでいる。

 私は今までの呟きが全部聞かれたと思って顔が真っ青に。


「ふっっ……、降谷くんっ!!」

「で、お前が目を閉じた後はどうなるの?」

「あっ、そ……それは……そのぅ……」


 しどろもどろに返答すると、降谷くんは手に持っていたビニールバッグを私に突き出した。


「ま、俺は興味ないけどね。……これ、落とし物」

「えっ! 落とし物って……」


 そう聞き返すと、彼は私の耳元に近づいて囁く。


「家に忘れていくんじゃねーよ、ばーか」


 それだけ言うと、少し早めに足を前に進ませて私たちの元から離れて行った。

 ほんの僅かに吹きかかった息にドキドキと心臓が暴れ出す。

 うっとりと幸せの余韻に浸ると、りんかは降谷くんの方を見ながら再び腕で小突いた。


「ねぇねぇ。降谷さぁ、いまみつきのことを呼び捨てにしてなかった?」

「あ、あっ……、えーーっと……。体操着に名前書いてあるからかな」

「降谷をあんなに間近で見たのは初めてだけど、マジ最高。女なら誰でも惚れるわ」

「でしょでしょ〜〜!! さいっこうよねぇ!! 顔もスタイルも完璧! それなのにゴキ……」

「ゴキ?」

「ううんっ、なんでもない!!」


 ……おっといけない。ゴキブリ嫌いなことをうっかり喋ってしまうところだった。

 これは私たちだけの秘密なのにね。

 同居してるだけで秘密が増えてくなんて幸せ〜!!



 ーーそれから10分後。

 教室に到着すると、スカートからスマホを取り出して降谷くんにLINEを送った。


『さっきは体操着ありがとう。でも、人目に触れるところで渡さなくても電話をしてくれれば取りに行ったのに』

『自分から電話をかけたくない』

『どうして?』

『俺がみつきを呼び出してるようで、なんか無理』


 なによ、なによ、なによ〜〜っ。かわいい〜!! 

 学校でも家でも気軽に話しかけられると困るって言ってたのは降谷くんなのに。

 人前で私に声をかけた時はどんな気持ちだったのかな。

 ドキドキしちゃったのかな。

 周りに女子がいっぱいいたのに、私のことだけを考えてたなんて幸せ過ぎる〜〜!!

 しかも、またみつきって呼び捨てにしてくれたぁ!



 ーーところがそれから数時間後。

 幸せ絶頂期に入っていた私だが、彼の隠された現実と直面してしまい、浮ついていた気分がどん底へと追いやられていく。

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