ピンクの妄想劇

第5話

「あれ……、降谷くんの部屋の扉が空いてる……?」


 ーー夕方、自室からリビングに行こうとして扉を開けると、降谷くんが使用している正面の部屋の扉が10センチほど開いていた。


 2日前に彼が越してきてから閉ざされている扉。

 不在時ですら開いてるところを見たことはない。

 私生活を干渉されたくないのか、慎重でいる分、開けっ放しの扉を見てめずらしいなと思って興味が湧いた。

 もちろんここは我が家だが、彼が部屋をどのように使っているかが気になって彼の部屋の目の前へ。


 すると、部屋の右側のブラウンのローチェストには両手で数えきれるほどの枚数の色鉛筆画が立てかけられていた。

 それは、人物画だったり、風景画だったり、動物画だったり。

 繊細なタッチの絵に一瞬で虜になり、吸い寄せられるように部屋の中に入って絵を一つ手にとって眺める。


「うわぁああ!! すご〜い……。降谷くんってもしかして色鉛筆画のプロなのかな。絵の中の人物がいますぐにでも動き出しそう」


 間近で見ると、何色もの色鉛筆が何重にも塗り重ねられている。

 人間の瞳の潤いさえ忠実に再現されていた。

 一枚の絵を撫でるように眺めたあとはそのとなりへ。

 夢中になって見ているせいか、部屋に侵入した罪悪感さえ消えていく。

 次、そしてまた次。

 絵を手にとって順々に眺めていると……。


「勝手に部屋入らないでくれる?」


 扉の方から降谷くんの声が届いたので目線を向けた。

 真っ先に絵のことを褒めようと考えていたが、扉の前に立っているのは上半身裸でハーフパンツ姿。

 それを見た瞬間、頬はボッと熱く反応する。

 だが、彼は顔色一つ変えずに私の横へ。


「あっ、あっ、あの……。勝手に部屋に入って……ごっ、ごめんなさい!!」


 手元の絵を焦って床に置くと、彼の目線は私を見下ろす。


「いまなに触ってんの?」

「あっ、あのっ……、床に飾ってある絵を……」


 降谷くんのリアル裸が接近してきたせいで頭の中が真っ白に。

 お風呂上がりなのか、体から石鹸の香りが漂ってくる。

 すると、心臓がトランポリンで遊んでいるかのように激しく暴れ始めたので、両手で顔を覆って赤面を隠した。


「ははは、早くっ……。ふっ……服着てくれない?(でも隙間からちらっと見ちゃったりして……)」

「どうして? いま俺が使ってる部屋だから服を着るか着ないかは自由だし」

「そっ、そうだよね……。ごめんなさい!!」


 目のやり場に困りながらあたふたしていると、降谷くんは裸のまま私の方に前進してくるから私の足は一歩一歩後退する。

 しかし、5歩ほど下がった頃、私の背中がトンッとガラス窓に当たった。

 すると、彼の両手は私の顔の横を通過してガラス窓に叩きつける。

 いわゆる……、壁ドンってやつ。


「部屋に侵入してきたってことは、もしかしてこーゆーことを期待してる?」


 お互いの顔面の距離およそ30センチ。

 降谷くんの顎にある小さなほくろが鮮明に見えるほど顔が接近している。

 しかも、いつもとは別人のように気持ちを煽ってくる。

 でも、私はいま混乱しているせいで何と答えていいかわからず……。


「ああああのっ……」

「あんたは俺のことが好きなんだよね」

「あっ……はいっ、すっ……好きです」

「だったら、いまからなにかあっても抵抗しないはずだよね」


 そっ、それって……。

 どーゆー意味ですかぁぁあ!?!?

 好きかどうかを確認した後に「抵抗しないはずだよね」って。

 これってもしかすると、抵抗されてもおかしくないくらいのことをしようとしてるの!?

 男女二人きりの密室でイケないこととか考えてるってこと? どうしよぉぉ〜〜っ!!


「あっ……あのっ!!」


 この時点で脳みそが沸騰寸前に。

 しかも、彼は体を少しかがませて、私をひょいと持ち上げておひめさま抱っこする。

 方向転換をすると、私の視界にベッドが入った。


 ままま……、待って!!

 もしかしたら、私をこのままベッドへ?

 まだイエスもノーも言ってないのに。

 どうしよ!!

 そんなつもりで部屋に入ったわけじゃないのに。

 確かに降谷くんのことは大好きだけど、私にも心の準備がっ……。


 ピンクな妄想が走ったままノーとも言わずに身を任せっきりにしているが、彼の足はベッドの前をあっさり通過。

 開きっぱなしの扉の外へ行き、私を床へ下ろす。

 その瞬間、妄想が断ち切られ気持ちが置いてけぼりになっていると、彼は「ばーか」と憎まれ口を叩きつけた後に部屋の扉を閉ざした。


 パタン……。

 扉の外に一人取り残された私は頭の中が真っ白に。


「あ……、れ……?」


 ぼーっと突っ立っている目の前は閉ざされている扉。

 私はおひめさま抱っこのままベッドに連れて行かれると思いきや、終着点はこんなところに。

 降谷くんと一瞬いい雰囲気になって膨れ上がっていたピンクの妄想劇は、残念ながらここで終幕となる。

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