第62話

沙耶香は計らいにきゅんとして颯斗の手をギュッと握りしめた。




「この時間はフォークダンスですか」


「ははっ、そうそう。あ! そうだ。サヤの好きなアーモンドチョコレートを買わないと。あと二粒しか残ってなかったから」



「チョコレートはこのお店で購入したんですね」


「サヤはアーモンドチョコがホントに好きだよな。お菓子って普段はあまり食べないの?」



「いえ、食べますよ。ただ、チョコレート専門店の味しか知らないので……。だから二袋買って下さい。一日二粒食べたいので」




俺は子供みたいにお菓子一つで駄々をこねる二十歳に出会ったのは生まれて初めてだ。

だが、俺の家で一緒に暮らすならルールに従ってもらわなければならない。




「サヤがどんなに好きなお菓子でも、おねだりはなし! 予算以内に収めるのが今日の目的だから」


「……颯斗さんはケチです」



「ケチで結構」




二人が小さな争いを繰り返しながら買い物を続けていると、お待ちかねの店内放送が流れた。




『精肉コーナーからのお知らせです。只今、タイムセールが始まりました。国産 豚バラ肉薄切り 100g69円。100g69円でございます。先着50名様限りの限定商品になりますので、是非お買い求め下さいませ』




颯斗は放送を聞き取ったと同時に沙耶香の手を引いて精肉売り場に向かった。




「次は百人一首の時間になりそうだ。いいか、売り場では四方八方から手が伸びてくるから、誰よりも先に豚バラ肉のパックを手に取るんだ。決して人に奪われないように」


「颯斗さん、運動会の競技に百人一首はありません」



「そんなのわかってる! ほらいくぞ。今日は美味い飯作ってやるからな」




颯斗は人の合間をすり抜けて戦利品をゲットすると、沙耶香の手を引いてレジへ向かった。






45分かけて歩いてきた道のりを引き返していく帰り道。

焼けつくような真夏の日差しと陽炎。

並ぶのが精一杯なほど狭い歩道を歩く二人の両手には、ぷっくりと膨らんだエコバッグがぶら下がっている。




「颯斗さん、運動会楽しかったですね」


「それは良かった。外には沢山の活気が溢れてるし、小さな喜びも待ち構えている。一人よりも二人。ものの考え方一つで一日の楽しみ方も変わってくるよ」



「これが、籠の外の世界……なんですね」


「えっ」




沙耶香は颯斗と出会ってからいまこの瞬間までの思い出を振り返りながら、幸せを噛み締めていた。


しかし、その一方で日々迫ってくる結婚式。

両極端な現実の狭間に気持ちが置いてけぼりになると、表情が自然と暗くなった。




「何でもないです」




沙耶香の諸事情など知るはずもない颯斗は、時たま覗かせる表情変化に気が止まる。


だが、沙耶香の口から語られない事を承知しているので、ボディバッグからアーモンドチョコを取り出して、沙耶香の口にコロンと入れた。




「じゃあ、今日のお買い物のご褒美に……」




颯斗はそう言ってニッコリ微笑むと、沙耶香は幸せで胸いっぱいになって瞳に涙を滲ませた。

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