第38話

夕飯を終えてから、俺達はバイト先の居酒屋に向かった。




勤務している店は、厨房の向かい側にカウンター席が十席ほど。

奥にテーブル席が四つと小規模だ。


店は17時開店で、到着時は既に営業中。

サヤをカウンター席に座らせて腰エプロンを装着しながら聞いた。




「何飲む?」


「オレンジジュースで」



「了解」




酒は飲まないんだ。

お嬢様はシャンパンしか飲まないイメージがあったけど偏見だったかな。




颯斗は厨房でオレンジジュース作って沙耶香の席へ持って行った後に通常業務に入った。

沙耶香が颯斗の働いている姿をチラチラ見ながらオレンジジュースを飲んでいると……。




「颯斗くんのツレとは君かね?」




七十代の白髪でほっそりとした黒Tシャツの男性が、フライパンで調理をしながらカウンター越しに話しかけた。




「はっ、はい。お邪魔してます」


「……っ君は! 黒崎建設の……」




男性は沙耶香の顔を見た途端、顔色を変えて調理している手を止めた。

沙耶香は身元がバレたと思い、観念したかのようにまつ毛を伏せる。




「私を知ってるんですね……」


「有名人だからね。でも、君みたいなお嬢様がどうして颯斗くんと知り合いに?」



「実は、彼は命の恩人で四年前から片想いしてる人なんです。探して……探して……ようやく見つけて今に至ります。四年前のあの時、彼に助けて貰えなかったら私は……」




沙耶香は四年前のとある事件を思い出した瞬間、テーブルに肘をついている手元が震え出した。

男性は沙耶香の異変に気付く。




「……なるほど。ところで、彼は君が財閥一家の娘という事に気付いてるのかな」


「知らないと思います。…そこで、お願いがあります」



「うん。何かな」


「彼に身元を伏せていて欲しいんです」



「勿論構わないけど……。それより君が街中を出歩くこと事態まずいのでは」


「はい……。マスコミに知れたら格好の餌食になってしまうでしょう。……でも、私に残された時間は一ヶ月間。その中で、彼と一生分の思い出を詰め込みたいと思って、家族から一ヶ月間という時間を頂いて家を出てきました」



「家族は君の事情を知ってるの?」


「いいえ……。わがまま一つで家を飛び出してきました。それまでは良くも悪くも親のイメージ通りの娘として生きてきて……。でも、言いなりばかりじゃ一生後悔しそうな気がしたんです。約束の一ヶ月間が明けたら、私はそのまま地獄に落ちていくから……」



「どうして地獄に?」


「それは……それは……」




理由をはっきりと伝えられない沙耶香は、目を閉ざしたまま深刻な様子を伺わせた。

男性は無言の重圧感が伝わってきたと同時にある事が閃いた。

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