第33話

それから、1時間後。

俺とサヤは一つのちゃぶ台を挟んで、今後の話し合いを始めた。




「トイレは玄関の左側。風呂は部屋にないから夕方に銭湯に行く。洗濯機は玄関扉を出てすぐ横」


「お風呂は家にないんですか? 洗濯はクリーニング業者に渡さなくていいんですか?」



「新しいもの尽くしでごめんな。この家に来たからには少しづつ生活に慣れていってね」


「はっ、はい。実は……あっあの……颯斗さんにお話が……」




サヤはそう言うと頬をピンクに染めて俯き、指先同士をモソモソと擦り始めた。


俺は異様な空気を察した瞬間、テレビ廃棄事件と天蓋付きベッド持ち込み事件という二つの前例が念頭にある為、再び何かしでかすつもりではないかと思って疑いの眼差しを向けた。




「ん、どした?」


「契約関係という事を一旦忘れて、サヤを本物の彼女として扱って欲しいです」




しおらしい態度でそう言う彼女。


昨日バイト先で300万円を突き出してきた人と同一人物とは思えないくらいウブだ。

それまでは何を言い出すのかと思って顔に力を入れて待ち構えていたが、想定外の変化球に思わずむせた。




「んっ、ゴホッゴホッ。た……例えば……?」


「優しい言葉をかけてくれたり……。可愛いよって言ってくれたり……。手を繋いだり……。サヤも目一杯恋を楽しみたいので……」




少しホッとした。


昨日はマフィアじゃないかと思ったりもしたけど、今は至って普通の女の子。

恥じらいながらも言いたい事を積極的に伝えてくるなんて、男心がくすぐられていく一方。




「いいけど……。同棲生活なんて大丈夫なの? どう見ても交際経験なさそうだけど」


「あっ、ありますよ……。男性と交際した経験くらい」



「じゃあ、何人の男と交際したか言ってごらん」




颯斗がそう質問すると、沙耶香は動揺した目で指折り始めた。




「えっと……全国平均の交際人数って何人くらいだったかな」


「(ひとりごと聞こえてるんだけど)……」



「じゅっ、十四人くらいですかね……」


「(何故盛るんだ…)おでこのキスで気絶するヤツが嘘をつくな。素直にゼロと言え。……あっ、そろそろ16時だから銭湯行かないと」


「えっ、こんな時間から銭湯に? まだ外は明るいのに」



「居酒屋バイトが19時からで銭湯に行くにはこの時間じゃないと間に合わなくてね。あっ、そうだ。持ち物を忘れずにね」


「はっ、はい」




二人はちゃぶ台から立ち上がると、それぞれ出かける支度を始めた。

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