第五章

紗彩のヴァスピス

第36話

ーー場所は、美那の自宅マンションから徒歩5分ほどのところにある大きな公園。

ここは、季節の花々が咲き誇っていて美那のお気に入りの場所の1つ。


美那はどんよりと敷き詰めている曇り空の下、この時期ならではのアジサイを鑑賞をしながら散歩してると……。




「佐川さん」




背後から女性の声が届いた。

振り返ると、そこには紺色で膝丈の半袖ワンピースを着ている紗彩の姿があった。




「あれ、河合さん? こんな所で会うなんて偶然……」




と言いかけてる最中、紗彩は美那の手首を掴み上げて言った。




「6月になるというのに赤いハートはまだ1つ? ミッションを一回しか達成してない証拠じゃない」


「…………」



「コウモリになりたいの? 期日が迫ってるのに切迫感が足りないのよ。情けない」




返す言葉がなかった。

確かに河合さんの言うとおり、今すぐ吸血しなきゃいけないという気持ちまで行き届いていない。

人間界に来た頃と色々な事情が入り混ざってる今とでは状況が大いに異なっているから。



しかし、ふと彼女のヴァスピスに目を向けると、ハートは2つ赤く点灯している。

やっぱり滝原くんに吸血を?

しかも二度も。

だから先日滝原くんが道端で倒れたの?


美那は予想以上に早い達成に思わず息を飲んだ。




「河合さんはいつの間に二回も吸血を……」


「あなたがウカウカしてるだけ。私は残り一回。そうね……、校外学習の時に三回目の吸血をするわ。そこで、ヴァンパイア界に帰らせてもらうからあなたも頑張りなさいね」




紗彩は言いたい事だけ告げるとその場から去って行った。

紫のアジサイの前に取り残された美那は、夏都の体調の心配と、この先の不安が積み重なっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る