三週目⑥
メロンを半分に切ろうと包丁を振りかぶったら、なぜか止められた。
「お、おやめください妃殿下っ!」
「えっ?」
見ると、私の隣でなぜか青い顔をした料理長が、
ここは宮殿の調理室で、応接室ほどの広さのスペースには、調理台や洗い場、
調理に必要な施設がひと通り揃っている。料理人は十人ほど。彼らは、私たち夫婦のための日々の料理はもちろん、使用人たちの料理も
余程、異国の皇女のお手並みが気になると見える。
というわけでさっそく、それを
「あの、
「どうして? 勢いをつけた方が
「それは、ええ、仰る通り、なのですが」
ふぅむ、どうも要領を得ない。何にせよ切れさえすればと改めて包丁を振りかぶると、今度は、背後から伸びた手が私の腕をむんずと摑む。お次は何、と振り返ると、例によって眉間に深い縦
「貸したまえ」
言うが早いか、クラウスは私の手から包丁を取り上げると、その
まっすぐにまな板へと落とす。刃は、さく、と小気味よい音とともに実をぱっくりと二つに割る。……って、振りかぶらなくても切れるんだ!?
「包丁とはこのように使うのだ」
「そうだったのですか。その……よく、ご存じで」
ううむ、故郷では料理の類は
「うん。内部構造の写生や標本づくりのために、こうやって果物を切り分けることも多くてね。ところで、ほら見たまえ。この美しい断面を」
言いながらクラウスは、たった今割ったばかりのメロンの中身を開いてみせる。現れたのは、若草色に輝くみずみずしい断面。その、触れれば弾けそうな断面から、この果実特有の甘い芳香がふわりと
「この植物はウリの仲間でね。アデルネ海南部が原産とされている。基本的に高温地帯でしか育たないが、一方で
そんなクラウスの、
そう自分を
ぺちっ。
「あいたっ!」
不意に額を襲う痛み。手元には皮だけが残され、
ん? もしかして、さっき私の額を
「あ、あの、妃殿下」
「え?」
振り返ると、またしても青い顔をした料理長が、気まずそうな
「そろそろ……ご
と、いうわけで、どうやら戦力外と
クラウスの方は、相変わらず調理室で器用に包丁を振るっている。
――カスパリアから嫁いでくる君に、不自由な思いをさせたくなかったのだ。
「よ……余計なお世話だわ……」
その間も料理人たちはてきぱきと動き、私がレシピに記したとおりの料理を次々と仕上げてゆく。王族の宮殿に勤めるだけあって、さすがに皆、腕は確かだ。いや、彼らの仕事ぶりは、これまで
料理人たちは他にも、複数の料理を同時
牛肉とオレンジの皮を一緒に煮込む料理は、これまでも何度か食卓で目にしている。彼らには、レシピの料理を作るのと同時に、エデルガルトのフルーツ料理も存分に披露するよう命じていた。別に、両者の
やがてタルトやケーキが焼き上がり、冷菜が仕上がり、仕込んでいたサングリアが飲み頃になる。それらを大皿に盛りつけ、あるいはデカンタに注ぐなどして食堂に運び出す。
食堂では、すでにパーティーの準備が整いつつあった。
中央の長テーブルには
改めて見ると、随分と作ったなと思う。
カットフルーツにカスパリア産の水牛チーズとオリーブオイルを
ほかには、貿易港ならではの異国
「今回の
するとメイドたちは、困った顔で仲間の反応を窺い合う。彼女たちにとって私は、今なお敵国の皇女にすぎない。だからこそ、ドロテの嫌がらせにも見て見ぬふりだったのだ。中には、進んで嫌がらせに加担した者もいただろう。
その皇女が、
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