耳に飛び込んだ鼻歌

第30話

「紗南〜。急に立ち止まってどうしたの?早く教室に戻ろう」


「あ、うん」




今さっきまで菜乃花の腕を引いていた紗南だが、いつの間にか菜乃花に立場を逆転されていた。



急かされた紗南は団体から目を外し、教室に戻る為に後ろを向いた瞬間。





ーー突然。



紗南の背後から、《For you》の鼻歌が耳に飛び込んできた。




セイの鼻歌が紗南の心を引き止めた時。




「セイくっ……」




気持ちが激しく揺さぶられた紗南は、振り向きざまにセイの名を叫んだが。



無残にも閉まり行く視聴覚室の扉に…



あと少しの声が届かなかった。




ゆっくりと閉ざされていった扉は、まるで今の自分達の境界線のようだった。


芸能科のセイと普通科の紗南との関係が、ここまでなんだと知らしめているかのように思えた。






もしかして、セイくんがいま私に向けて鼻歌を歌った?


もしそうだとしたら、セイくんは既に私の顔を…。





なかなか会えないもどかしさが、軽く胸を締め付けた。




一方の視聴覚室に入ったばかりのセイは、紗南に会えた満足感で、フッと砕けた笑みを浮かべた。




「やっぱり、あいつ紗南じゃん」


「…え?紗南って?」



「んー、ひとり言」




友達の隙間から成長した紗南の姿を見たばかりのセイは、胸を熱くしながら紗南に会えた喜びを深く噛み締めていた。

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