第三章
3-1
海洋都市チェルン゠ポートは、フォルトナート王国の西海岸側にある。
元は小さな港町で、住民は漁業とレモンの
しかしあるとき、チェルン゠ポートの
ちなみに、税収があまり期待できないことから、このチェルン゠ポート辺境伯は
現在のチェルン゠ポート辺境伯は、ガレス・ダンモア
その後任に選ばれたのは、第一王女ルシアだ。王宮で
――第一王女は、都合のいい
ルシアは皆からの同情の視線を浴びながら、仲良くなったフェリックスやその姉であるフィンダル
家族とのお別れの
「アンナベル、ルシアよ」
結局、ルシアは王宮に
最後にもう一度だけとアンナベルの部屋に寄ってみたけれど、やはり出てこない。
ルシアはアンナベルの
「聞いているかもしれないけれど、私はこれからチェルン゠ポートに行くの」
多くの人が、ルシアを馬鹿にしたり同情したりしていた。
けれどもルシアは、もう気持ちを
「きっと
アンナベルの
きっとアンナベルは、ルシアの知らないところで、王太子との扱いの差に色々思うところがあっただろう。
同じように王位
「じゃあ、私は行くわ。元気でね」
アンナベルの部屋から出たルシアは、胸を張って歩き出す。
ここからまた長旅だ。しかし、これからチェルン゠ポートでしたいことを考えていたら、あっという間に着くだろう。
海洋都市チェルン゠ポート。
漁港と軍港が
潮の
ルシアは
「海風が
うっかり外に長時間いたら、髪も肌も大変なことになるだろう。これからは常に気を付けなくてはならない。
「ルシア王女
馬車から降りたルシアは、いよいよチェルン゠ポート辺境伯
山の方に城があると聞いていたけれど、こちらで生活することにした。街の外れにあるこのカントリーハウスにいれば、街でなにをするにしてもすぐに直接足を運べ、指示を出しやすいからだ。
「チェルン゠ポート辺境伯邸の管理をしている
門の前に立っていた初老の男性が、
ルシアは
「私が新しいチェルン゠ポート辺境伯よ。まずは
「
バリーの指示で馬車から荷物が降ろされ、屋敷の中に運び込まれていく。
ルシアは
大きな
(歴代の辺境伯のうちの誰かが、
二階に続くオークの階段は少しばかりすり減っているけれど、きちんとニスが
「とても素敵なカントリーハウスだわ」
「お気に
ルシアはあらあらと思ってしまう。
前任のガレス・ダンモア伯爵の領地は別のところにある。おそらくここは社交シーズンのついでに、年に数回ほど寄るだけだったのだろう。
「私はここで暮らすことに決めたわ。よろしくね」
「承知
バリーは早速、屋敷の中を案内してくれる。
まずは一階だ。玄関ホールの横にある武器庫、戦利品や
や
「
冬になると、ルシアはアレクサンドルと共に
そこにあるカントリーハウスもこのぐらいの大きさで、冬を楽しく過ごすことができた。
(ここもあの
ルシアは自らティールームの窓を開け、海の風に
息を大きく吸ったら、ドアがノックされた。
「お茶の準備が整いました」
「入って」
ルシアはバリーに
「王女殿下のお口に合うかどうかはわかりませんが……」
バリーはそんなことを言いながら丁寧に茶を入れてくれた。
「これは……」
ルシアは匂いだけで、この茶の
キャラメルのような甘い香りのお茶といえば、一つしかない。
「アルジェント王国のお茶?」
「はい。長くそちらで暮らしていらっしゃったので、ご用意しておきました」
ルシアは、バリーの気の配り方に感心する。
この屋敷での暮らしは、とても
「
ルシアの着任の話を聞いてからだと間に合わないのではないかと思ったけれど、バリーは嬉しそうに
「ここはチェルン゠ポートです。世の中の様々な物がここを通っていきます」
「……そうだったわ」
アルジェント国産の茶葉も、この港でその一部が降ろされる。丁度船がこの港に寄っていったところだったのだろう。
(これは港町の強みね)
チェルン゠ポートには『望めばなんでも手に入る』という
漁港とレモンと軍港があるだけのチェルン゠ポートから、望めばなんでも手に入るチェルン゠ポートという評判に変えていくことが自分の役目だろう。
ルシアは頭の中で今後のチェルン゠ポートについての計画を立てながら、茶に
「クッキーも
少し塩気を感じるクッキーは、口の中でほろりと
店に行ってみたくなっていたら、バリーが店の場所を教えてくれた。
「この屋敷のコックが作りました。お
「そうだったの。王都で店を開いたら一番の人気店になると伝えておいて」
ルシアはティータイムをゆっくり楽しんだあと、とある決断をする。
「……決めたわ」
港町チェルン゠ポートを誰もが行きたくなる街にする。これが最終目標だ。
そのためにも、まずは港を発展させなければならない。
(どこの国の船も寄港したくなるような魅力を、チェルン゠ポート港に持たせる。食料、
国内の評判を上げるよりも先に、国外の評判を上げた方がよさそうだ。その辺りのことは、チェルン゠ポート議会にも協力してもらおう。
「あとは海域の安全確保ね」
沿岸の警備をしている海軍との
(やはり、
さてどうしようか、とルシアは考える。
前任の辺境伯は現地で人を
とりあえず明日は山にある城に行ってみて……と予定を立てていたら、ルシアの用件を済ませてくれる人物が自ら挨拶にきてくれた。
「辺境伯さま。面会を希望している方がいらっしゃいますが、どうしましょうか」
「私に?」
「チェルン゠ポート議会のエイモン・ストーム議長の令息であるメリック・ストームさまでございます」
「二階に通して」
客人を迎える場所は玄関ホールではなく、二階に上がったすぐの
この歓迎の間には、一枚板の
ここは客人に『
「メリックさま、あちらへどうぞ」
バリーが客人を案内している。
「お初にお目にかかります! メリック・ストームです!」
メリックは、王族への挨拶の仕方がわからなかったのだろう。ルシアを見るなり勢いよく頭を下げ、そのまま固まってしまった。
「顔を上げて」
「し、失礼します!」
ルシアは、メリックが緊張しないように優しく微笑みかけた。
「議長の代わりにここへ?」
「え? あっ、すみません! そういうつもりでは……!」
どうやらメリックは、議長の代わりに挨拶をしにきたのではなくて、別件で
だ。彼はカバンから書類を取り出し、ルシアに差し出す。
「あの!
「引き継ぎ……?」
「ガレス・ダンモア伯爵さまの辺境伯としての執務を手伝っていた方々は、ダンモア伯爵家にほとんど
ルシアは
「ありがとう、助かるわ。……ほとんどということは、残った人もいるのよね?」
「はい……。残ったのは、元々ここに住んでいる僕だけです……」
メリックは、城のどこになにがあるのかを
「メリック。
資料には数字も丁寧に書かれている。
おそらくメリックは、読み書きだけではなくて計算もある程度はできるはずだ。
「今は……職探し中です……」
「そうだったの。実は私、辺境伯の仕事を手伝ってくれる人を探していたところよ。私が雇うから、早速明日から城にきて」
「……! 本当ですか!?」
「ええ。これからよろしく」
ルシアが
「貴方は議長の
メリックは、議会とルシアの間に立つことができる人物のはずだ。
ルシアはメリックから議会の話を
「辺境伯さま、海軍のレオニダス・エルウッド将軍がいらっしゃいました」
もう次の訪問客が現れたらしい。
メリックは「将軍さま……!?」と
「お
ルシアがなにかを言う前に、メリックは慌ただしく出ていってしまう。ルシアは賑やかな人ねと笑いながら、バリーに次の客人を通すよう頼んだ。
「ルシア王女殿下、お目見えできて光栄でございます。私は海軍で将軍職を頂いているレオニダス・エルウッドと申します」
歓迎の間に入ってきたレオニダスは、ルシアに最高礼を見せた。
ルシアは王女としての気品あふれる微笑みでそれに応える。
「この
「ありがとう。これから
海軍は、ルシアのチェルン゠ポート到着日と住む場所をきちんと
(軍をしっかり
ルシアはずっとフォルトナート王国を離れていたため、国内のことをあまり知らない。レオニダスについても将軍だということしかわからない。まずはレオニダスの人となりをしっかり知っていこう。
「辺境伯さま、評議会のエイモン・ストーム議長がいらっしゃいました」
これからレオニダスと
「慌ただしくて申し訳ないわね」
「とんでもないことでございます。お忙しい中、ありがとうございました」
レオニダスが下がれば、今度は議長のエイモン・ストームが入ってくる。
「お初にお目にかかります……!」
ルシアのチェルン゠ポート着任一日目は、様々な訪問客と挨拶をするだけで終わった。
挨拶の最中に気になる話も出てきたけれど、その前に皆との仲をもっと深めていかなくてはならない。
(これからすべきことを考えるだけでも眼が回りそうだわ。……でも、とても楽しい)
ルシアはここにいる間、驚くほど
落ち着いたらフェリックスに手紙を書こう。あの心優しい友人は、ルシアのことを心配しているだろうから。
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