第2話
◯
突然異世界に召喚された最初は混乱極めた。見知らぬ場所、見知らぬ人に囲まれれば流石に混乱を極めるのも致し方がないだろう。相手が何かを喋っていても、それを理解することを脳が拒絶した。だからこそ、放心した状態からなかなか立ち直ることができなかった。
そんな彼女の存在に、周りも大変困惑したのだろうということは理解できる。けれど、呼び出された存在の彼女だって相手の言葉をちゃんと聞いてあげられるほどの精神状態ではなかったのだ。そこはもちろん理解して欲しいところでもあった。
あまりにも長く放心しているものだから、どこか体に異常があるのではと、よってきた人が触診するために伸ばした手をきっかけに、彼女は意識を取り戻し、そして強く拒絶した。触るなと、とても強く拒絶したのを今でも覚えている。突然の強い拒絶に、その場にいる人たちはみんな驚いていた。それはそうだろう、どれだけ呼びかけても反応を何も返さなかった小娘が、心配して体を見ようとした人間を強く拒絶したのだから。
驚きで固まっても無理はないだろう。むしろ、あのような態度をとった彼女に対して相手の人たちが激昂しなかったのが幸いだろう。
彼女が強く警戒しているのを承知で話しかけてきたのは、銀色の髪に深い蒼色の瞳を持った男性だった。彼女を驚かさないようになのか、殊更ゆっくりと近づいてきた彼に、彼女はそれでも警戒を解くことができなかった。後ろに体をずらしながら、自分の体を片腕で抱きしめる。震える体を隠したかったけれどこの状態で隠すことは不可能に近い。
そんな彼女の警戒心に心底困った表情をした彼に、申し訳なさがなぜか募る。
誠実に接しようとしてくれている彼に対してあまりにも失礼な態度をとっているのではないのだろうかと思い至る。
恐怖に竦み、震える体を隠すこともできないけれど、彼女はとりあえず、相手の話を聞くところから始めないとという思考に至り、後ろにずらしていた体を何とか全部の勇気を振り絞って止める。彼女のその行動に気づいた相手も、必要以上に近づかないように配慮して、お互いの声が届く最低限の距離を保ちながら話が始まった。
いわく、【聖女召喚】によってよばれたらしい彼女は、よくある展開の【悪しきもの】の討伐のためによばれたということだ。頭の冷静なところでは「あ、やっぱりそういう感じか」と納得はしていたけれど、感情が先走るのは仕方のないことで。
正直に、彼女が周りにあたり散らしたのは当たり前の現象ではあった。
そっちの都合で勝手に選ばれて、そっちの都合で勝手に召喚という意味不明なものに巻き込まれ、友人も、両親も、故郷も、何なら世界だって勝手に捨てさせられた彼女は、その権利があると思ったのだ。
泣き叫ぶことだけはしたくなくて、冷静にただ淡々と。それでも確実に相手を責める言葉を吐き出していたと思う。あまりはっきりと言い切れないのは、その時の記憶がどうしても曖昧だからだ。
混乱していた。困惑していた。受け入れ難い現実に。受け入れたくない現実に。その場にいる自分が、どうしても信じられなくて。
だからこそ、途中からその時の記憶がなくなっていたのはきっと緊張の糸が切れたのと、現実を受け入れられない現実逃避のための自己防衛だったと思う。
目が覚めてからまずされたのは謝罪だった。腰に剣を履いている、銀髪の男性と、同じく腰に剣を履いている茶髪の男性。その二人はベッドの上にいる彼女に向かって深々と頭を下げたのだ。正直驚いて実際に体が後ずさった。そんな彼女の引き方に同情したのだろう、少し後ろに立っていた長い髪をポニーテールにしている女性が大きくため息をつき彼女に向かって頭を下げている男性二人をポカッと殴っていた。
何が何だかわからず、目を瞬かせていると、そのポニーテールの女性が彼女向かって少し苦笑しながら言葉をかけてくれた。
「すまないな。こいつらは別に悪い奴らではないんだが……まあ、よく言えば真面目な奴らでな……」
「……はぁ……」
「まあ、この二人の言葉も全く間違っているわけではなく全面的に肯定するべき言葉だろう。……こちらの都合で勝手にこの世界に呼び込んだこと、本当に申し訳なく思っている」
「……」
「君が私たちに対して思うことがあるのも理解できる。怒りをぶつけるのも君の当然の権利だ。それはすべて受け止める」
「……それなのに、私の存在を、諦めてはくれないんですね」
「……!」
「……私は、あなた達の事情なんて知らないんです。この世界の事情なんて知らないんです。それなのに、全く関係のない人間をこんなことに巻き込んで、私という一人の人間の人生を完璧に崩壊させておいて、何を願うというのですか」
酷い言い方だっただろう。何もそこまで言わなくても、と実際にその部屋の中にいた、まだ自分と同じぐらいか少し幼い女の子が呟いていた。
――知っている。私は今、とてもひどいことを言っていると。相手を傷つけることを言っていると。相手に罪悪感を持たせるようなことを言っていると。
けれど。
「……私の人生を崩壊させておいて、この程度で済んでいるのですから、私はむしろ感謝されたいほどですが」
はっきりと。そう言葉にした。その場にいる人たちは驚きに目を見開いて、そしてすっと視線を逸らした。銀髪の男性以外は。彼は、私から視線を逸らさなかった。グッと堪えるように拳を握りしめ、きゅっと唇を引き結び、彼女の言葉を噛み締めているようにも見える。
……ああ、と思う。この人は、言葉を真剣に受け止めてくれていたのだと。
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