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「そんな風に言われたら帰りたくなくなるじゃないですか」


「帰らなくていい」


「でも…、私が居たらチームのことに集中出来ないでしょう?」


「んなの気にするこったねぇ。ちゃんと調節してある」


「調節……?」


「だから何も心配しなくていいし。このまま住んじまえよ」



カチッとコンロの火を消す音が響き、髪に指を通され、先輩の唇が落ちてくる。



甘ったるい、いつも以上に甘いキスだ。 


そんな風にされたら甘えたくなるし、応えたくもなる。


頷きたいどころか抱かれたい。


唇が離れても名残惜しく先輩の背中に腕を回して頬を胸に埋める。



「……じゃあ、先輩がどうしても我慢出来なくなったら」


「既に我慢出来ねぇんだけどな」


「もっと本気で我慢出来なくなったらですよ」


「本気ってどんくらい?」


「片時も離れたくないと思うくらいです」



狡い言い方だけど、そう言った。


どう足掻いたって最終的には頷かされるし、それなら離さないつもりで迎え入れて欲しいって意思表示。



だって根本的に彼の性格は俺様だ。


最近はすっかり優しくなってしまったけど、どこかしらでドSのスイッチが入る。


甘い仮面を外して、絶対に。




――♡――♡――♡――



「それ。強請ったら本気で傍に居てくれんの?」


「居ますよ。うんざりするほど」


「……絶対?途中でビビって逃げねぇ?」


「う、ん」


「約束だからな。後々、やっぱ無理とか嫌だとか言って撤回すんなよ」



いったい頭の中でどんな計算をしているんだか、先輩は妙に重い口調で私に誓わせると、余裕たっぷりに唇の端を釣り上げた。



すんなり私の身体を解放したかと思えば、ポケットから出した煙草を口に咥えてご機嫌。


やけにやる気に満ち溢れながらリビングの方に行って、パソコンの電源を入れてる。



いいのかな……、これで。


先延ばしにしたつもりが、先輩の思うがままの答えを言ってしまった気がする。



大人しくお皿を用意しつつも頭の中はゴチャゴチャ。



望都の望みどおり先輩の心に楔を打ちまくってる気がしてならない。


今まで守ってきたモノを崩壊させてしまいそうな予感。



どうしようか。この状況。


こんな状態で三ツ星を外した写真を撮って、裏に彫られた名前を餌にアスを誘き寄せなきゃイケないなんて。


絶対に無理だと思うし、言ったら変なスイッチが入ってしまいそう。


困った。


――♡――♡――♡――


「先にご飯にしません?」


「あぁ」



まぁ、とにかくその話題は先伸ばしにすることして、先輩をテーブルに招き、普通に楽しく晩御飯を食べた。



ただもう、ご飯を食べてる間もマッタリしてる間もお風呂に入ってる間も、そのことが気になって若干、上の空。



しかし、先輩は気づくこともなく、ずっとテーブルのパソコンに夢中だ。


お父さんから任された仕事をしているらしい。


邪魔をするのも忍びなく、ひたすら隣で大人しくアニメを見て過ごす。



「眠くね?」


「……うん」



その姿が寂しそうに見えたのか、作業の合間に頭とか顔とか太ももとかお腹とか背中とか、あちこち全身を触られまくる。



構ってくれて嬉しい。


嬉しいけど、中途半端に触られて身体が疼く。



このまま押し倒されたいって考えては頭から消しての繰り返し。


かなり重症。



「後どれくらいで終わります?」


「1時間くらい」


「1時間ですか……」


「眠いんだったら先に寝ててもいいぞ」


「え?」


「明日も学校だしな」



サラリと突き放され、軽く衝撃。


毎日してくれるって約束はドコへお出掛けに?って、不埒な質問が喉から飛び出てきそうになる。



そんな恥ずかしいことを想像してるって知られたくないし、知られてもいいからもっと先輩とくっつきたい。


むしろ、こんな気分にさせた責任を取って欲しい。



――♡――♡――♡――



「大丈夫です。終わるまで待ってます」


「つっても、もうすぐ0時だし」


「全然いけます。何ならオールも余裕です」


「余裕じゃねぇ。学校でぶっ倒れるだろ」


「でも、約束を果たしてからじゃないと寝れないです」


「あぁ、約束な。守って欲しい?」


「……欲しい」


「しょうがねぇな」



素直に頷いたら先輩はパソコンを閉じて艶美に笑った。



その言葉を待ってたとしか思えないくらい、ご機嫌で抱っこされて足が宙に浮く。



部屋の片隅に置いてある犬用のベッドの上で、エミちゃんが“いってらっしゃーい”とでも言うように尻尾を軽く振っていて。



リビングを出てすぐ、先輩の手によって寝室のドアが開く。




「……あっさり過ぎません?」


「そりゃ態と煽ってたからな」


「やっぱり」


「お前の口から誘われてみたかったんだよ」


「だからって……。意地悪すぎます」




クスクス笑う先輩の首にしがみついて軽く拗ねる。



だけどもう、先輩から好きにされたいって気持ちの方が勝ってしまってる。


何だっていいから先輩に溺れてしまいたい。


甘い腕の中に閉じ込められて、真っ白な世界に突き落とされてしまいたいと思う。





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