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「気をつけなさい。あの男のことだから次に会うときは更に横暴になってるわよ」
「分かりました。1メートルくらい離れておきます」
「1メートルじゃ危ないわ。2メートルにしなさい」
「はい」
大真面目な顔で肩に手を置かれ、二菜さんは精悍な目付きで私に言い聞かせる。
見た目はアンドレなのに口調だけが二菜さん。
演じることすら忘れているほどの本気っぷりだ。
真剣に私の身を案じてる。
「それでアンドレ様……。アスって人はどんな人なの?」
「おや?聞かれたからって僕が素直に教えると思うかい?」
「まぁ、アンドレ様ったら。焦らさずに教えてください」
ジュリーの声色と表情を真似、肩に置かれた二菜さんの手に指を添える。
そのまま両手で二菜さんの手を包み込み、本物と同じく上目使いで見上げた。
自分ではキラキラと目を輝かせてるつもり。
「教えても構わない。が、代わりに条件がある」
「条件、ですか?」
「リバティーの総長が付けてる三ツ星を外して写真を撮ってきて欲しい」
「……写真を?」
「あのピアスの裏に彫られた名前を調べて欲しいんだよ」
アンドレ様の声色を真似、二菜さんが青いカラコンを付けた目で私を見つめる。
怪しげな条件を出され、つい訝しげな顔をしてしまう。
目的の意図が分からなくて。
――♡――♡――♡――
あのピアスに彫られてる名前は先輩の名でも、お兄ちゃんの名でもなく、私の名だ。
“はい、分かりました”なんて言えないし、言う通りには出来ない。
ただでさえ、フルネームがバレてるし……。
そもそも先輩のことだから絶対に外させてはくれない。
ましてや書かれた名前を教えるだとか、写真を撮って送るだなんて言語道断。
そんなことをしようとした日には正座でお説教だ。
寝てる時にピアスに触れたって先輩はお兄ちゃんみたいに飛び起きたりはしないけど、代わりにやたらめったら優しく抱きしめてくる。
まるで条件反射みたいに。
頭を撫でて、私を自分の腕の中に閉じ込めてくる。
そうやって隣で寝る相手は私しかいないって信じきってる先輩を裏切るようなことなんて私にはできない。
あの優しい腕から抜け出して奪うなんて、どうやっても。
「すみません。別のことにしましょう」
「嫌よ。それが条件」
「だって無理ですよ。私じゃあの人に勝てません」
「勝ちなさい。アスを表舞台に引っ張り出したければ」
「えー」
「じゃなきゃアスは尻尾を出さないわよ?自分の手でチャンスを掴めない女に興味なんか持たないもの」
いったいドコをどう見たら私が先輩から三ツ星を奪えるように見えるのか……。
二菜さんは「期待してるわ」と頬杖を突いて唇に弧を描く。
色気もプラスされてリアルアンドレ様のスチルみたいになってる。
ついついテーブルに置いてあった二菜さんのカメラのシャッターをパシャリ。
コラコラと苦笑いされてしまったけど。
――♡――♡――♡――
「どうして名前と写真なんですか?」
「だって噂じゃあのピアスの裏に彫ってあるらしいのよ。昴君の妹の名前が」
「三ツ星の裏に……?」
「そう。あのピアスを作った職人がそれらしい話を言ってたとかで。アスは奪う以上にピアスの裏側の名前を知りたがってる」
「知って、探すつもりですか?」
「えぇ。聞きたいことがあるからね」
「それなら職人さんに聞いたら直ぐに分かるんじゃないですか?」
「無理よ。行方不明になっちゃったんだもの」
「行方不明……?」
「気持ち悪いでしょう?そんな話ばかりゴロゴロ転がってて嫌になっちゃう」
「はぁ…」
「だから早くその妹を見つけて終わりにしたいの。こんな復讐ごっこはね」
目の前に居る私が正に探してる妹だと気付くこともなく、二菜さんは寂し気に微笑んだ。
自分で淹れた紅茶にゆっくりと口を付けながら。
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