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そもそも先輩は私のために怒ってくれてたんだし、あんな風に言われたら腹が立つのも当たり前だ。
感情が荒ぶっても仕方ない。
しかし、日に日に行動がお兄ちゃんとソックリになってきてる。
お兄ちゃんの場合は、私に意地悪をした男の子を片っ端から影でコソコソ殴ってた感じだったけど。
少なからず、いつも冷静沈着な先輩がここまで心を乱してくれる相手は間違いなく私だけだ。
先輩に“情を持って欲しい”って願いが少しずつ叶いそうではある。
少し斜め上な感じはするけども。
「分かりました。じゃあ、習い事が終わったら遊園地に連れてってください」
「あぁ、行きたいって話してたな」
「はい。そこで一緒にコーヒーカップに乗ってくれたら許してあげます」
「コーヒーカップ?」
「あのグルグル自分で回すやつですよ。昔から好きなんです」
1階の空き教室の前に着き、先輩が私と話しながらドアを開ける。
中に入ると教室はだだっ広く、備品や長ソファやテーブルなどが置いてあって物置きみたいな感じだった。
そこの隅っこのソファに連れていかれ、先に腰掛けた先輩の隣にちょこんと座る。
――♡――♡――♡――
「……それ、あり得ねぇほど回すつもりだろ」
「よく分かりましたね」
「昴が言ってたしな。チエミが死ぬほどぶん回すから、名前を聞いただけで具合が悪くなるくらいトラウマって」
「でも、お兄ちゃんは毎回私に付き合ってくれてましたよ?」
「付き合うってお前、あれだろ。連続7回とか乗ったりするんだろ?」
「8回目の記録を更新したいんです」
ニッコリ微笑んで言うと先輩は迷うような表情を見せつつも渋々頷いてくれた。
本当のことを言うとお兄ちゃんは毎回3回でギブアップしてたんだけども。
そこはもうお仕置きだから、ちゃんと8回付き合ってもらおうと思う。
「夜まで体力が持つ気がしねぇ」
「じゃあ、帰ったら早めに寝ましょう」
「ダメだ。家に居る間は毎晩してやるって約束しただろ」
「別に毎日じゃなくても。糖度が高くて溶けちゃいそうですし」
「その糖度高めのとき限定で出てくる、好き好き言いまくるお前にハマってんだよ。察しろよ」
ぶっきらぼうにそう言って、先輩は私の頬を掴んで唇を指でなぞった。
傷が入ってしまった唇を複雑そうな顔で見つつ。
――♡――♡――♡――
なるほど。
やけに手を出されると思ったら好きって言われたかったらしい。
確かに感情が昂って大好きとか好きとかいっぱい言ってる。
その“好き”は紛れもなく先輩だけに向けた本物だ。
一点の曇りもなく心からの本心。
頭の中は先輩だけでいっぱい。
普段話してるときだって嘘じゃないけど、言ってるかと聞かれるとあまり言わないかも。
何だかちょっと照れくさくて。
「じゃあ、好き好き言いまくるから今日は適当な感じでお願いします」
「適当にされる方がいいってどういうことだよ」
「先輩の優しいは甘すぎて危険なんですよ」
「優しくされる方が好きなんじゃねぇの?」
「あえて言うなら、我慢の限界になった先輩に付き合わされる瞬間が1番好きです」
「……それを教えるのはエロくね?」
「エロい子だって先輩がいつも言ってるじゃないですか」
苦笑いを浮かべ、手に持っていた望都から渡された手紙の封を開ける。
中から便箋を取り出すと二菜さんが書いたらしい達筆な字で“アフタヌーンティーのお誘い”と書いてあった。
日付は明後日の放課後だ。
封筒の中を再び覗けば、チケットらしき物も一緒に入ってる。
2枚。
ご丁寧にクリップで挟んだロベルト様の付箋に私と勝利さんの名前が書いてある。
――♡――♡――♡――
確かノンちゃんがやってた最近流行りの乙女ゲームのオープニングに、これと似た手紙を受け取るシーンが出てきたっけ?
だったら、してきて欲しいコスプレはあれだな……と頭の中で思い浮かべる。
「勝利が言ってたやつか」
「はい。二菜さんからのデートのお誘いです」
「恭子ってやつとも今度行くんだろ」
「そうです。その為にも燥ぎ慣れておかないとですよ、先輩」
手紙を封筒に片付けて甘えるように先輩の腕に絡みつく。
今から教室に戻るのも微妙だし、それなら次の授業が始まるまで先輩とイチャつきたい。
望都が言った言葉なんて綺麗さっぱり忘れるくらい。
――♡――♡――♡――
「俺は保護者でいい」
「ダメです。先輩も楽しくないと心から燥げないじゃないですか」
「そういうものか?」
「そういうものです。だから、いっぱい遊びに行きましょう」
優しく笑った先輩の肩に顔を埋めてゴロゴロ甘える。
何だかちょっと子どもみたいに。
顔を少し傾ければ耳に光る3つの星のピアスが見えた。
“Chiemi”の刻印が裏に彫られたピアスが。
耳の裏に隠れて刻印は見えないけど、正真正銘お兄ちゃんが付けてたピアス。
「……先輩」
「ん?」
「好きです」
「俺も。好きでどうしようもねぇわ」
欲しくてしょうがない言葉を囁き、先輩の唇が優しく私の唇に触れた。
傷の痛みなんて感じさせることもなく。
そんな風に強請るなんて狡いと分かりつつ、自分からもキスした。
もっと欲しいと欲張るように。
返ってくるものが何もかも甘くて幸せだ。
似てるようで全然違う。
先輩は先輩でお兄ちゃんはお兄ちゃん。
“代わり”なんて存在しないんだから。
そんな風に考えながら2人で授業をサボった。
チャイムが鳴るまで、ずっと――。
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