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「……許すってそんな、されることが確定してるみたいに」


「痺れを切らしたら遣り兼ねないだろ。あいつは」


「心配要りませんよ。されたら噛み千切るって言ってあるんで」


「効果あんの、それ」


「あります。本当にやりそうで嫌だと大人しく引き下がってくれてました」


「……だったらいいけどよ。もし、やられたとしても許してやるから。隠すのだけは絶対に無しな」



自信満々に平気だと告げると、先輩は曖昧に笑って私の頭を両手でグシャグシャに撫で回した。


“想像したらマジで嫌だったから後で機嫌を取って欲しい”なんて、軽い口調で私にお強請りをしながら。



許さないと言いたいのが本音だけど、そう言っちゃうとされたときに隠しそうだから、あえてそう言ってくれているんだろう。



髪が乱れるまで私の頭を撫で回して『誰かに何かをされたら悩む前に泣きついてこい』と、頼もしい約束をさせられる。



考えるより先、いの一番に飛んでこいだなんて。


何と言うかもう心の底から、とんでもなく愛されてる。



そう思ったら嬉しくて隙をつくように一瞬だけ先輩にキスをした。


『見つかったらマズイだろ』と軽く照れ怒られてしまったけども。




――♡――♡――♡――



「ほんと、とことんデレてくるのな」


「まぁ、デレまくりの1週間を始めるつもりなんで」


「んじゃ、何が何でも婆さんを説得しねぇとな」


「そうなんですけど……。なかなか出て来ませんね」



パッと立ち上がって玄関の方を覗く。


門の鍵が開いてたから家には絶対に居るはずだけど、玄関の引き戸は閉まったままで、お婆ちゃまはなかなか出てこない。


いつも誰かが来たら様子を見にくるのに珍しい。



しょうがないから予定を変更しようかと足を進めたら、時を同じくして玄関の引き戸がガラリと音を立てて開いた。



縁側に居た近所の猫が驚いたように駆けていき、玄関から飛び出してきたお婆ちゃまが物凄く焦った様子で駐車場まで駆けていく。



それも余程、慌てふためいてるのか履いてるサンダルがバラバラ。


手には長らく仕舞っていたはずの竹刀を持っている。



「コラ、昴ぅぅ…っ!あんた、またそんな派手な音を立てて、ご近所様に迷惑だろう……って、あら?」



近所に響くような声量で叫ぶお婆ちゃまの声。


どうしてだかお兄ちゃんの名前を叫んでいたお婆ちゃまは、駐車場に飛び込んだ瞬間、狐に抓まれたような顔をして立ち止まる。



竹刀の先を地面に突き、杖みたいに持って暫し沈黙。


駐車場に停めた先輩とお兄ちゃんの単車を見比べて、不思議そうに目を瞬かせてる。



――♡――♡――♡――


「お婆ちゃま……」


「あぁ、チエミ。おかえり」


「うん。ただいま。って、いったいお兄ちゃんの名前を叫んでどうしたの?」


「はは……。昼寝をしてたら、あの子の乗ってた単車と同じ音がしたもんでね。ばあちゃん勘違いしちゃったわ」



横から声を掛けるとお婆ちゃまは私に顔を向けて、照れたような寂しがるような表情で薄く笑った。


ちょうどお兄ちゃんの夢を見ていたのもあって寝ぼけていたらしい。



お兄ちゃんを叱るときにいつも持ってた竹刀を探すのに手間取った……と、なかなか出て来なかった理由らしき話も聞かされる。



お婆ちゃまったら叱るために竹刀まで持ち出して、お兄ちゃんが居た頃と何1つ変わらない。



お兄ちゃんはすばしっこいから一度も当たったことはないんだけれども、お婆ちゃまは力がか弱いからと、お母さんの真似をして毎度竹刀を振り回してた。



その所為なのか、そのおかげなのか。


お兄ちゃんの回避能力は人より数倍高く、彼が日夜行っていた不良同士の喧嘩にも存分に活かされてた。



先輩がお兄ちゃんに勝てなかった理由はそこだと、いつの日だったか先輩の家にお泊まりした日、先輩がベッドの中で私に言ってた。



『――あいつ、すばしっこくて拳が当たんねぇんだよ』



だから自分も他の人も全然勝てなかったって。


当たるには当たるけど、圧倒的に殴れる数が少ないし、体力もあれば攻撃力もあるから皆、根負けするらしい。



その話をしながら先輩は『もう1回、勝負してぇなぁ……』と寂しそうに自分の手の甲を見つめて言ってた。


『ほんと、勝ち逃げされたわ。悔しい』って。




何だかお兄ちゃんの一部を作ったのがお婆ちゃまだと実感して、不思議な気持ちだ。



聞いたのは叱ってる声なのに。


懐かしい日々を思い出して寂しさと温かさが心に流れてる。




――♡――♡――♡――



「珍しい。お昼寝をしてたんだ?」


「そうなの。旅行の途中にハイキングをしたのが身体に響いたのか帰ってきたらちょいと疲れて。もう歳かねぇ?」


「大丈夫よ。山に登る元気があるなら」


「そうかい?まだまだいけるかしら」


「えぇ」


「そうそう、お土産にお饅頭を買ってきたから。おやつに……って、チエミィィィィ!!あんた、稽古をサボってこんな時間まで何をやってたんだいっっ!!」



我に返ったようにシャキッと背筋を伸ばし、竹刀を振りかざして私に怒るお婆ちゃま。



目を釣り上げて元気すぎる。


いったい、どこが歳なのかと聞きたい。


充分、現役だ。




「ごめん!お婆ちゃまっ」


「許さん。先週に引き続き稽古をサボろうだなんて最近たるんでるじゃないのかい?」


「違う。そこは今度ちゃんと纏めてやるから」


「今度じゃないっ。コツコツと日々の積み重ねで学んでいくことが大事なんだよっ!」


「あー、婆さん。悪い。それは俺が帰るのを引き止めたからだ」




凄まじい勢いのお婆ちゃまに怯えていると、先輩が間に入って守ってくれた。


背中の裏にしかと隠され、安全圏からひょっこり顔を覗かせる。



先輩ってば、そこら辺お兄ちゃんと行動が一緒。


ついつい安心した気持ちで先輩の服をひしっと掴んでる私も同じ。


不満そうな顔で私を睨むお婆ちゃまも昔と何ら変わりない。



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