内緒な夫婦

34

通勤時間の電車はいつにも増して満員だった。




都会の人の多さに来た当初も圧倒されていたけれど、毎日ぎゅうぎゅうに押しつぶされそうになりながら出勤していても一向に慣れる事が無い。




何とか最寄り駅へと到着して一息ついた。




改札を潜った人達が列をなして階段を下りて行く姿を一度見送ってから、人がまばらになった所で私も階段を下りて行く。




まだ街中のお店はどこも開いておらず、開店準備のために掃き掃除をしている店員さんの姿があった。




私が降りた駅から電車に乗るのか、サラリーマン風な男性や綺麗なワンピースを着ているお洒落な女性達が急ぎ足で駅へと向かって行く。




そんな忙しない朝の光景を見送りながらも、遠くに見えて来た交番に足取りは軽くなった。




今日はみっちーが出勤している日で、朝の挨拶でも出来れば良いなと思っていた。街に巡回に行っている事もあるので、あまり期待していると落胆してしまうので、会えたら良いなーくらいで交番へと足を向ける。




朝の通学時間でもあるからか、ランドセルを背負った小学生や、制服を着ている高校生達がそれぞれの学校へと向かう姿が目立つ中、交番の前には短いスカートを履いている女子高生達が数人集まって居るのが見えた。




いつかの時、みっちーから絆創膏を貰っていた子達だとすぐに分かった。

ハっとして足が止まると、「おはよう」と爽やかな笑顔を向けて交番から出て来たみっちーの姿があった。




いつもなら「おはようございます」と語尾にハートでも付きそうな勢いで駆け出すけれど、そもそもその挨拶は私に向けられたものじゃない。




「おはようみっちー。まじ聞いてよ!」




女子高生の一人が、みっちーの腕に絡みつく。その距離の近さに「ちょっと!!」と思わず声を上げそうになる。




私の大好きなみっちーに腕を絡ませないでください。いくら若い子だからって私の嫉妬心が絶対に許さないんだから。




今にも走り出して、女子高生とみっちーの間に割り込みそうになる。さすがに頭のおかしい女になってしまうので、何とか長く息を吐き出す事で一旦冷静になった。




私はみっちーの妻、私はみっちーの妻。沢渡みちかとは私の事。




「どうしたどうした」




みっちーは困ったように笑いながらも、縋りつかれた腕をするりと解いた。両腕を組んだ姿勢で一歩後ろに交代したけれど、女子高生達はそんなみっちーが引いた一線には気づかず「彼氏と別れたんだけどおー」とみっちーの腰に縋りつく。




――――――――――ちょっと!!!!!




「えーまじかあ?どうした?弁当いつも作ってただろー」



「本当だよー。時間返して欲しいわー。あいつ浮気してたんだよねえ」



「まじ無いと思わない?うちらでボコる?って話してたところ」



「いや普通にこえーよ。今の女子高生どうなってんの?やめなさい?そんな最低男に構うんじゃありません。まじで時間の無駄だから。素敵な弁当作ってくれてる相手と他の誰かを天秤にかけてるような奴は駄目だわ。みっちーが許さねえ」



「もうみっちーまじ素敵。みっちーが私と結婚してよ」



「いやそれありじゃーん?みっちーって馬鹿っぽいけど、意外とちゃんとしてるんだよね。ギャップ萌えって言うの?全然ありだわー」



「傷心中の心慰めると思って」



「犯罪なんすよねー普通に駄目ですわー。ていうか俺奥さん居るしね」



「はあ?初耳なんだけど!何で言ってくんないの!」



「いやいや何で言わなきゃいけねえのー。俺にも守秘義務ってものがあるんですよー」



「みっちーの奥さんってどんな人?」



「教えません。奥さんの事は俺だけが知ってれば良いって感じなわけで」



「はあー?超ラブラブじゃん!うらやまー!可愛い?美人?」



「どっちもー。って何言わせんだよ。秘密って言っただろ」



「愛してんねえー」



「そりゃあ愛してますよ。ほらもう学校行きなさい。車に気を付けんだぞー」



「はあーい」



「あ、みっちー!いつものくせで彼氏の弁当作っちゃったんだけどいる?もう彼氏居ないから一つ余るんだよねー。仕事頑張ってるご褒美」



「帰ったら奥さんが手作りの飯用意してくれてるので」



「あーはいはいラブラブってねー」




明るい笑い声が響き、女子高生達が「末永くお幸せにー」と声を揃えて言った。派手な見た目とは反して、意外と礼儀正しい子達だったらしい。





ちょっとうちの旦那に何してくれてるんですか、と勢いのまま突っ込んで行きそうだった気持ちを何とか落ち着かせる。




交番の前から歩き出した女子高生達を見送るみっちーの元へと向かって歩き出した。




歩いてきた私の姿を見つけると、「お」という表情を一瞬覗かせる。




歩き出した女子高生達はそのみっちーの変化に気づいた様子は無かった。




「おはようございます」



「おはようございます」




頭を下げた私に、みっちーも街の住人にかける挨拶のように明るい声で返事を返す。




女子高生達は気楽なもので、自販機の前で再び足を止めるとどのジュースを購入しようかと顔を突き合わせてる。




その隣を何も言わずに通り過ぎた。




一瞬ちらりとこちらを見られた気がして心臓が跳ねると、「あの派手髪可愛くねー?」と後方から声がする。




「毛先だけ色違うの良いなーあたしもやろうかなー」



「ああいうのは可愛い人がやるからこそ良いんじゃん?」



「それどういう意味だよ」



「可愛いって言うか美人系?」



「どっちでも良いよ!確かに可愛かったけど!私もやるから。絶対やってやるから」



「おーやっちゃえやっちゃえ。また生活指導の先生に説教食らうぞー」



「はあーそれはだるいわー」




気の抜けるような声を聞きながらも住宅街へと曲がる道へと差し掛かり、一度だけ肩越しに振り返った。交番前で立っているみっちーが「行ってらっしゃい」と言うように手を振っている。




普段の私なら両手を大きく振って「みっちー大好きだよー!今日も格好いいよー」と叫んでいたかもしれないけれど、女子高生達から褒められた事が気恥ずかしくて顎を引くだけに返事を留めた。




そんな私を、みっちーは愛し気に瞳を細めて見送った。

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