■9■

愕然とさせられたのは親父が「頑張る」と言って数日が経ったある日の夕方だった。


 


母さんに会えないものかと一人、ブラブラと歩いていたら何とまあ運の良い事でしょうーーーーそんなナレーションがついてもおかしくないほど運良く、通りかかった公園のブランコに制服姿の母さんが。


 

 


ぶーらぶーら、地に足をしっかりと着きながらもブランコを漕ぐ母さんが地面へと顔を伏せ、夕焼け色に染まる閑散とした公園の中にたった一人で居た。


 


 

俺は通り過ぎかけた足を再び後退させ、緩く片手を上げてみる。


 


 母さんはまだ気づかない。


 


 


仕方が無いので今度はゆるーく左右に振ってみる、とさすがに気付いた様子で顔を上げた。一瞬不審者でも見るような鋭い視線を向けてから、どうやら俺の事を思い出したらしく「ああ」納得したような声を漏らした。


 


 


気づいてもらえた所で公園へと足を踏み入れる。靴底からじゃりじゃりと砂を踏みしめる音がする。


 


 


「どうもー?」


 

「どうも。」


 

「座っても?」


 

「勝手にしなよ」


 

「そう、じゃあ遠慮無く」


 


 


許可を取るようにしてブランコを指で指した俺に、母さんが顎で指図するように自分の左隣のブランコを指した。それに従い、俺はそこへと腰を落とした。鎖が重みでジャラジャラと揺れた。




公園の中にある大きな時計のガラスにオレンジ色が反射する。眩しくて正確な時間は見えなかった。


  


「何か落ち込んでますねえー何かありましたか?」



「いや、別に」


 



伏せって母さんの顔が反射的に上がる。オレンジ色に反射する時計へと顔を上げ、両手に握るブランコの鎖をがシャガシャと揺らす。


 

 


いや別に、ってそういう顔じゃねえだろう。分かりやすいねえ本当。


 

 


 


分かりやすすぎて同時に不安になる、親父はもしかして告白に失敗したのか?


 


 


「あのー、まあほら、この間色々お話聞かせてもらったじゃないですか。どうなったのかなって少し気になっていて、またお会い出来たらなと思っていたんですけど」


 


  


自らその事について語ろうとはしない母さんを促すように上手い言葉を連ねていく。


 


 


片手の平を自分の胸へと当て、トントンわざとらしく叩いて笑顔まで浮かべておく。今は時間がねえし、いくらだって自分らしくねえ事が出来た。


 


 


「何かあったなら話して下さいよ、言えばスッキリするかもしれませんよ」


 



 


―――――――と、そこまで言うと母さんは俺に視線を止め、唇をキュっと噛み締める。女らしからぬ言動はあるものの、唇は艶々としたグロスが塗られていた。




母さんは艶々とした唇をおずおずと開く、それと一緒に何故だか顔は徐々に徐々に赤くなっていき。

 


 


「じ、実は前に話したあのくそったれなんですけど」


 


 


出だしから罵倒出た。


 

 


「あ、はあ」


 


 

くそったれと言いつつも母さんの顔はその時には茹で蛸のように真っ赤だった。夕焼け色に負けないくらいに鮮やかな色だ。


 

 

 


「ななっ、何と言うか、実は告白っ」


 

「告白してきたんですか?」


 

「告白っ、されそうになったので逃げて来て」


 

「…何で逃げるんです?」


 

「どうしてあんたはそんなに怒った顔してるんです?」


 

「いや、ついつい、気にしないでくださいー」


 


 


おっと危ねえ。ついつい本音が表情に出た。


 


ゴホン、自分を落ち着かせるように一度咳払いをしておく。母さんはそんな俺の様子を横目で見つつ、親父の事でも思い出したのか恥ずかしそうに再び唇を噛みしめていた。


 

 


あのなあ、その表情見れば他人だって馬鹿じゃなければ気づくぞ。母さんはもう親父の事が好きなんだろ。なのになーんで逃げるかね。




「どうして逃げたんですか。好きなんでしょ」



「――っ、あいつとは幼馴染で、付き合いが長いからあんな空気耐え切れない。それに自分に自信が無い」

 


「何でですか、自信なんて必要無いでしょ」

 


「だってまた周りから言われる。合ってないって自分でも良く分かるから」


  


 


そうか?現代に居る親父と母さんは良く合ってる夫婦だと思うぞ。親父も馬鹿みてえに母さんが好きだし、現代の母さんはもっと素直に親父の事を好きだって言えてる。なのに昔はこうも素直じゃなかったんだな。


 


 


素直じゃねえと言うよりもちょっと弄れた部分がある。俺の弄れた部分は母さん譲りなのかもしれねえなあ。


 


 

「周りは関係無いって前も言ったと思うんですけど、むしろそう思うなら相手に言ってみたらどうですか?その溜め込んでる気持ちを全部」


 

「無理」


 

「何でです?」


 


「無理、だから」


 

 


理由がハッキリしてねえ。女ってこんなに面倒なものだっただろうか。いや待て、俺の良く知ってる女がこういうタイプじゃないからか。



 


もっと意見をハキハキ言って、逆に相手を丸め込むような女だ。女らしからぬ女。だから母さんは口汚い言動はさておき、恋愛に関しては物凄く女らしく見えた。


 

 


良くも悪くも。 


 


「でもそのまま逃げ続けて良いんですか?そのまますれ違ったらもっと悪い方向になると思いますけどね。考えてもみて下さいよ、じゃあ相手に彼女が出来たとします」



 


俺はブランコから降りて、すぐ地面へとしゃがみこむ。


 


 

見つけた木の枝を指先で挟み、某人間を3つ茶色の地面に書き上げた。




2つの某人間が寄り添ってる、だけどもう1つの某人間はたった一人取り残されてそれを見つめる事しかできない。哀れな某人間だ。



 


 


「この哀れな某人間があんた。」



 


  


トントン、取り残された某人間を木の枝で叩き、母さんに顔をあげる。絶望とも取れる表情だったけど母さんの口から漏れるのは「だって」とか「だけど」とかだ。


 


 


そんなに言い訳したって何も始まらねえし、何がそんなに不満なのかさっぱりだ。


 


 


 


 


好きなら好きでいいんじゃねえの?そういう問題じゃねえの?それも両思いだーーーーと、そこまで考えたけど仮に俺がもし、まあもしだ、愛した女と両思いになれたとして、だけど弟もその女の事が好きだったらどうしたかな。


  


 


恋愛は難しくて分からない。考えれば考えるだけ頭が痛くなる。


 

 


自分の事なら尚更分からない。だけど父親と母親の事なら何となく分かる。意地張ってたってしょうがねえと思うし、そんな時間は無駄でしかねえ。


 


 


未だ納得しない母さんを見て、俺はゆっくりと腰を上げた。

 


 


「もっと素直になった方が良い。明日もう一度ここに来てください」


 

「え?」


 

「俺との約束、明日必ずここに、今日俺が現れた時間と同じくらいに来てください。もう一度明日ここに来ます。その時には気持ちを決めてください」


 


 


いいですね、伊達めがねのレンズの奥から言い聞かせるような瞳を母さんへと落とす。面食らったような表情だったものの、相手が俺だったからか渋々頭を縦に振った。


 


 


きっとこれを言ったのが親父なら母さんはきっと逃げただろう。恋愛は臆病になる魔法がかけられてる。



 

 

仕方ねえ、面倒だけどチャンスを与えてやろうじゃねえか。


 


 


「じゃ、明日待ってます」



「……」 


 


言葉を返さない母さんをその場に置いて、俺は公園の外へと足を向けた。向かう先はまず、カズのマンションだ。




―――――。


 


 


 


夕焼け色から灰色へと窓の外の色合いが変わった頃、空がマンションへと帰ってきた。俺はカズと共に台所に立ちながらも唇を尖らせる。


 



今日はお前が夕飯当番だったのに、帰ってくるのがおせえんだよ。


 


 


鍋の中に押し込もうとしていたお玉を、台所の方へと歩いてきた空へとズビシ勢いよく向けてやる。


 


 


「おっせえなお前!何やってたんだよ!」


 


「ああ、わりいわりいちょっとな。ついでにちょっと来い」


 

「はあっ!?ちょっちょ、お玉お玉!」




「良いから来い」


 

「かか、カズ!ちょっと鍋見てろ」


 


「おー、いいけどお玉返せよ」


 


 


俺の腕を強引に掴み、廊下の奥へと引きずっていく空に慌てて抵抗し、お玉だけはカズへと何とか手渡せる事が出来た。


 


 それでもあいつだけを台所に立たせて置くのは不安すぎる。


 

 


「何だよ急に」


 


 

そのままズルズルと連れてこられたのは玄関で、廊下の奥を一度確認するように振り返った空は俺へと顔を近づけ声を落とす。




「さっき母さんに会ったんだ、それで明日公園に呼び出してある」

 


「それで?」

 


「親父もその公園に呼び出す。そうでもしねえとあいつらきっと告白所じゃねえからな。母さんにも親父が来るとは言ってねえからきっと来るとは思う。後はあいつら次第だ」


 

「…で?親父はどうすんだ?」

 


「馬鹿だねえ。探すしかねえだろ?」


 


 

空が俺の頭を撫で回す「分かるよねえ?頑張るしかねえんだよ?」そう言われたのはすぐに悟った。


 

 


そうだよな、兄貴がせっかく作ってくれたチャンスを逃すわけにはいかねえからな。



 


「分かった。」


 


腰に付けていたエプロンを解き、頭を縦へと振りながらも、どこを探そうかどこを探せば親父は見つかるだろうか。二人だけで見つけられるだろうか。口を曲げながらも考えていると後ろから「おい」声をかけられた。


  


 


振り返ってみると、カズが廊下の奥で仁王立ちして俺達を見つめていた。会話を聞かれていたのかと体を強ばらせるとカズはーーーー。


 


 


「何か困り事でもあったのか?」


 


 

言いながらもお玉を揺らしこちらへとやってくる。




「聞いてたのか?」


 

「いや?聞こえねえけど雰囲気がそんな感じだろ。何かあったのかと思ってな」

 


「ちょっと、出て来る。あぶねえから料理は待ってろ、お前どうせ怪我すんだから」


 

「しねえわ。それより何か困ってんなら助けてやっけど」


 

「いらねえよ、平気だわ」


 

「何でだよ。頼れよ助けてやっから」


 


 


あんまり深くまで関わられると知られてはいけない事まで知られそうだ。ありがたいとは思うけど、丁重にお断りしたがカズは憤慨した様子で自分の腰に両手を当てた。


 



片手にはお玉、腰にはエプロン、パっと見体格の良い料理の上手な兄貴にすら見えるけど実際料理の腕前は皆無だ。


 

 


俺は兄貴と顔を見合わせて口を曲げる。


 



まるで心を見透かされたみたいな。


 


 


「ちょっとな、人探しをしてる。」


  


兄貴は意を決したようにそう言った。間違ってはいない言葉だったけど、上手く隠してる。俺だったら「実は」とここに至るまでの経緯を話してただろうから。


 


 

「人探し?」

 


 


それを聞いたカズが「ほう」納得したようにエプロンを解きお玉を一旦台所へと置いてくると、「何だそんな事か」やれやれと短髪なその髪をガシガシと掻いた。




「そんな簡単な事なら俺にさっさと言えばいいものを、馬鹿だなお前ら。俺は人探しは得意中の得意だ」


 

「出来るのか」


 

「出来るに決まってんだろ、俺は北原高校のリーダーだぞ。仲間は沢山居る。頼めば手伝ってくれる奴らばっかりだ」


   


なるほどその手があった。



 


「この間スーパーで会った奴だ。お前も話しただろ。」

 


「ああ、あいつか。任せとけ」


  


 

言うとカズは素敵アイテムでも取り出すかのように「ジャーン」効果音を付けつつも取り出した携帯を高々と掲げて見せた。


 

 


「おおー」


 


「明日の夕方、でかい時計がある公園に来いって言ってくれ。絶対に」


 

「分かった。アオとクウが呼んでるって言えばいいか?」


 

「アオがって言った方が分かりやすいな」


 


「OKだ!任せとけ」


 


「悪いなカズ」


 


「何言ってんだよ、全然気にすんな」


 


 

カズが大きな手で俺達の頭をぐっしゃぐっしゃとかき混ぜるようにして撫でる。ボサボサに乱された所で「よし」とカズが玄関の扉へと手をかけた。


 


 


 

 


事情も良く知らねえくせに本当にお人好しな奴だと思う。だけど今回はそんなお人好しに助けられた。




 


外に出て行くカズを追いかけて俺達も外へと出る。



 


薄闇に染まる真上を見上げ、月を確認してから俺は道路へと出て右の道を指さした。ここは手分けした方が早そうだ。



 


「俺はこっちに行く」


 

 


言えば空は前方の道を指差して「ああ」と頷き、カズは左の道へと駆けて行く。二人が消えてから俺も右の道へと足を向けた。




――――。


 


 



あっという間に真っ暗な闇に染まった脇道を頼りない街灯の光を追い求めるようにしてひた走る。狭い十字路に行き当たり、グルリと前、右、左、見渡して迷う事無く前方を目指した。


 


 

カズは今頃仲間に知らせてくれているだろうか。兄貴は今どこを探しているだろうか。もしかしたらもう見つけた後かもしれねえ。


 

 


時間が分からない、どこかで一旦時刻を確認してこようか。迷いながらも走る事は止めずただひたすら親父の姿を追い求めて走り続ける。もしかしたらもう帰宅した後で、家から出る予定はねえかもしれねえ。


 


 


そうなったら困る。明日の朝一から探しても、見つかる可能性はかなり低い。結局見つけられなかったら兄貴が公園に行くしかねえけど、それじゃ意味は無い。親父が行って、親父が母さんを捕まえなくちゃ意味がねえんだ。


 

 


「ーーっ、こういう時、テレパシー使えたらいいのにな」


 


 


こういう時、すげえ力があってどこに誰が居るとかそういうの分かればいいのにな。


 


 

息が上がる。膝に手を付き一息着いてからまた顔を上げた。がむしゃらに走っていたから、良く知らない道に入ったらしい。頼りない街灯はいつの間にか消えていた。ただただ暗闇に包まれた闇の道。


 


 


先を見つめれば角にぶつかり右に曲がる道しか無さそうだ。引き返すかーーーー先の道がどうなっているかは分からない。もっと明るい道を目指した方が良さそうだ。


 


 


「っはあ」


 


 

口元に手の甲を当ててもう一度息を着く。夜になってもジリジリとした暑さはなかなか抜けない。真上から射す太陽は無いものの、アスファルトに残った熱に顔をしかめた。




踵を返すようにして元来た道へと体を戻す、と、真後ろから突然軽い足音が聞こえてきた。


 


 


闇色に染まった真後ろの道、右に折れるようにして続くその道からヌっと人影が現れた。トーントーン、気怠げな足音が聞こえてくる。一瞬幽霊かと思うほど闇に溶けたその姿は不気味に見えて驚く。


 

 


ごくん、生唾を飲み込んだ所で人影は俺に気付いたのか、ふと顔を上げた。まだ距離は遠い。けれど闇の中、俺を探るように上から下まで見つめた後、何事も無かったように視線を逸らす。


 


 

暗くて良くは見えないが華奢な体には見えた。身長は俺と同じか、それより下か、距離がまだあって分からない。


 



ただ親父では無い事だけは一目瞭然だった。俺は男から視線を外し、元来た道へと足をゆったりと向ける、そんな俺に追いついた男が俺の隣を音も無く追い越した。


 


 

追い越した男に視線をもう一度滑らせる。ハッキリとは見えない髪色だった。闇色には染まりつつあるものの、たぶん太陽の下に出ればそれなりに明るい髪色には見えた。俺と並べば身長はやや下くらい。華奢ではあったがどうやら男らしい。


 


横顔だけで顔立ちは分からなかったが、通りすがりに香った香りは香水の香りでは無く、血なまぐさいその香りで驚いた。


 


咄嗟に男に手を伸ばす。反射的に男の手を取ってからハっとした。


  


止めたはいいものの言葉に困る。相手も同じらしく、驚いたように俺に振り返ると。


 


「何」



 


冷たい声色で俺に取られた腕を振り払った。体は一切こちらには向けず、肩ごしにだけ振り返ってくる。




「いや、血の匂いが…あんた怪我してんじゃねえのか」



「…、大した事無いよ」


 

「ほんとかよ」


 

「本当。」


 


 


ハッキリとそう告げられる。さすがにもう無理には聞けず、俺は「そっか…」呟くように言葉を溢し、口をつぐんだ。つぐんだけれどやっぱり気になって、着ていたジーンズのポケットへと片手をすべり込ませる。


 

 


小さい絆創膏が二つ、カズが料理をして怪我をするだろうと見越して入れておいたものだった。


 


 

「これ、一応絆創膏。」



 

「は?」


 

「使えよ。足りねえかもしれねえけど」


 

 


押し付けるようにして華奢な男の体に押し付けて手を離す。絆創膏がヒラリと宙に舞う前に、男は片手でぐちゃりと絆創膏を握り締めた。


 


 

それを見届けてから本来の用事を思い出しハっとした。やべえここで時間潰してる場合じゃなかった。親父を探さねえと。


 


 

「じゃあな」


 

 


全然知らない相手だったが、何も言わずに立ち去る事もできず、一応別れだけは告げて走り出す。男は俺に何も言わなかった。


 

 


ただ渡した絆創膏だけはありがた迷惑とでも言うように形が変形するほど握りつぶしているのだけは分かったけど、別にそれはそれ、ただほっておけなかっただけだから捨ててもらっても構わねえ。


 


 


駆け出したまま振り返らずに元来た道を目指した。


 


 

 

 

 

ーーーー。

 

 

 

 


 


「馬鹿だねえ、これは俺の血じゃないのにさあ」


 

 


自分の服にべっとりとついた血を男が拭う。

 

 

 

 

背後を染める闇色の中、屍のように転がっているだろう先ほどの人間達を思い出しくつくつと笑いながらも握り締めていた絆創膏を地面へと放り投げた。


 

 


お人好しな人間がいるんだね、そう思いながらも血なまぐさい片手を服へと擦りつけた。




「翼、」


 


 


 

十字路の脇の道から兄貴が小さい声で俺の名前を呼び止めた。慌てて足を止めると、兄貴が口に咥えたタバコの紫煙をふわふわと吐きながらも両手で大きく丸を作る。

 


 


「…、親父見つかったのか?」



 


 


俺も当たりを確認してから、兄貴へと駆け寄りコソコソと小さい声で問いかけた。


 


 


 


 


走っていたからまだ息が落ち着かない。そんな俺の背中を兄貴が撫でる。良くやったとでも言うように。俺は結局見つけられてねえけど。



 


「カズの仲間が見つけて伝えてくれたらしい。ちゃんと言ったから平気だそうだ」


 


「そうなのか、助かった」


 

「後は親父と母さん次第だな。どうなる事やら」


 

「成功してもらわなきゃ困るだろうが」


 

「そうだなあー親父はともかく母さんがもっと素直にならねえとなあ」


 


 

思案するようにそう言った空だけど、その場に割り込んでいき「さあさあお二方、冷静にお話しましょうか」仲を取り持つ事はしないだろう。後は二人任せ、あんまりそこにグイグイ関わるのは危ねえ事だと俺でも分かる。



 


ただ、気にはなるからコソコソ見には行くだろうけどな、ついでに俺も。



 


「とりあえずカズに礼言わなきゃな」


 

「先に家で待ってるってよ、飯作って待ってるなんて言うもんだから慌てて止めたんだけどねえー、大人しく待ってるとは思えねえんだよなあ」




俺達が帰ってくる頃には飯が出来ているように、なんて考えて大出血していたら笑えない。俺は慌ててカズの住むアパートの一室目指して早足で向かい出す。そんな俺の指先へと、兄貴が視線を落とし。



 


「おい」


 

 


俺の手を後方から掴んだ。


 



何かと思えば俺の指先には真っ赤な血が。



 


「お前怪我してるぞ」


 


「…、これ俺の血じゃねえ。」


 

「は?」


 

「さっき、何か変な奴にあって怪我してるみてえだったから絆創膏渡したんだよな。たぶんその時に着いた血だわ」


 

「またお前はそうやって他人に構う」


 

「仕方ねえだろ、ほっておけなかったんだから」


 


 


ほってはおけなかったけど、たぶんあれはきっと他人に構われたくない人間だ。きっと他人から手を差しのばされる事を疎ましく思う人間だ。


 


 

性格も名前も何もかも分からないけど、あいつが握りつぶした絆創膏を思い出し、そう思った。


 


 


 


 


思い出しはしたものの、きっともう会う事も無いだろうと頭の中から溶かすようにして消し去った。


 


 けれど不思議な事にハッキリとしないあの男の顔をどこかで見た事があるような気がした。結局は思い出せなくて考える事を早々にやめたけど。


 


 


 


ーーーーいったいどこで見たんだったか。

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