ヒーローになりたかったわけじゃない

~猫失踪事件~


「相手の内面が見れたらいいのに」

そう、誰かが言っていた。


そう言うなら俺のこの力を

貰ってほしい。



こんな力を俺は

望んだわけじゃないんだから。




普通の人とは少し

違うところがあった




他人の体の一部に触れると

その人間の心の声や記憶が見えた




だけどそれは

決して良いものじゃない




見たく無いものを

見てはいけないものを

無理矢理見せられる、

そんな罪悪感しか残らないから。




だってどうする?

内面で助けを呼ばれたら

内面で言葉の凶器を投げられたら

内面の殺人者に出会ったら



だって俺は

ヒーロじゃないんだ

どうする事も出来ないだろ。









雑音が響く。

ガヤガヤざわざわと。




それはいつだったか、もう忘れてしまったけれど気がついた時からずっと“こんな風”だった。




ヘッドフォンを上からぎゅっと両手で強く押さえつけた。そんな事をしたって遮断出来ない事は分かってる。それでも気持ち程度、和らぐ気がして音量をさらに2つ程上げた。




満員電車のドア付近、瞳を閉じて開けばトンネルに入った瞬間に自分のやけに幼い姿が映し出された。




ドアのガラスへと額を押し付けて吐息を吐く。




クリーム色のパーマがかった髪がしっかりとガラスに映る。




20歳になったとは思えない童顔すぎる顔立ちをジっと睨みつけた。未だに高校生と間違われる。それくらいならまだ良い方で、この間なんて中学生と間違われて心底納得がいかなかった。




そんな事をふと思い出していると俺の降りる一つ前の駅で電車が停車する気配。




ブレーキがかかり俺の体がぐんと前に引っ張られるような感覚に襲われる、それと同時に満員電車の中、密集し合っていた人間が俺の体へとぶつかり離れていく。指先に触れた人の肌からは沢山の情報を抜き出せてしまう。




たったその一瞬ですら、頭の中をぐるぐると埋め尽くす記憶や声に気分が悪くなる。




知らない声、記憶、それら全てに脳をぐちゃぐちゃと掻きまわされるような気持ち悪い感覚にはいつになったって慣れない。




―――――ああ、雑音が煩い。




スマホの画面に指を這わせて音量をさらに上げた。耳朶の奥で鳴り響く音楽の中、沢山の情報量がゆっくりとかき消されていくのに安堵する。




俺はどうやら少し普通の人とは違うらしかった。




それに気が付いたのはいつだったのか、もう覚えてはいないけれど、ふとした瞬間に、ああ、これはおかしい事なんだなって気が付いた。




他者と違う事は何だか怖い。




自分が普通じゃない事が恐ろしい。




だから誰にも言ったらいけないんだと、普通の振りをして生きてきた。




満員電車の中はやけに静かだった、それは“現実世界”の話。




だけど俺の“心の中”は誰かの肌に触れる度、雑音が響く。




【学校になんて行きたくない】



【昨日の仕事のミス、どうしよう】



【あの女の子可愛いな】




ゆったりと走り出した電車の揺れで数人が俺の体に触れた、その心の中が俺には読める。読めるというより勝手に流れ込んでくる雑音だ。




他人の体の一部に触れると俺はその人の心の中で思っている感情だったり、或いは記憶だったり、内面部分が見えるらしい。




誰かが言っていた、相手の心の中が読めればいいのにって。




俺はそうは思わない、だってこれは地獄だから。




知っているだろうか、信頼していた友達の内面が実は裏切るものだった時の恐怖感を。知っているだろうか、見たくも無い恐ろしい他人の記憶を見せられた時の憎悪を。




他人の心の中が読めたらいいのになんて言っている奴に、俺はいくらだってこの力を譲り渡せる。そう出来るのなら。




生きてる人間が一番恐ろしいって事が、この力を持って初めて理解できるはずだ。





―――ガタリ、また強い揺れで俺の足が一歩前へと出る。




【助けて】




この力になって聞かなくてもいい声まで流れ込んでくる。




誰か助けて、死にたい、殺したい、そんな負の感情に触れる事は少なくなかった。そんなものいちいち全部助けてなんてやれない。だって俺はヒーローじゃないから。




今の声は俺にしか聞こえない、“内側の声”だ。だから気にする事なんて無い。現実世界で声を出せばきっと誰かが助けてくれるだろ。




この力を持って聞こえるその声に俺は何かしなければと思った事だってあった。だけどその度向けられるのは冷たい視線ばかりだった。




だって現実世界では聞こえない声が聞こえるんだからおかしい話だ。




例えば、この力は人間に使用した場合、相手の内面だけを勝手に覗いてしまう嫌なものでしかないけれど動物の場合だと少しだけ違った。




動物の場合、内面で会話が出来た。触れたりしなくても、視線を合わせれば言葉がちゃんと流れ込んでくる。




動物は人間より頭がいいのかもしれない。それかもしくは、伝えたい気持ちが強いのかも。




そんなある時やけに薄汚れた犬に出くわして、犬は縋るような視線を俺に向けてきた。片足はひしゃげて痛々しく引きずっていた。




【酷い飼い主に飼われていたんだ、僕の他にもまだ捕まっている友達がいる、助けてほしい】




良く見れば犬の体は酷い傷だらけで俺はいてもたってもいられなくなった。その犬の案内である家へと押しかけた。でもその住人とは面識が無いわけで。




「動物虐待はやめてください!」




なんて突然子供に言われてもその住人は俺の事を気持ち悪がるだけ。おかしな事を言うと警察に突き出すぞと脅されて、追い出された。




俺のこの力があっても何も役にたたない。




聞いたままを伝えたって誰も動いてくれない、信じてくれない。




逆に俺ばかり悪く言われるんだと理解した。




【怖いっ、お願い誰か助けて】




―――――理解、してんのになあ。




微かに触れる身体から流れてくる、内側からの悲鳴。俺の右手にトンと触れた高校生の女の子の手。その手からその悲鳴はどうやら伝わってきているようだった。




俺はヘッドフォンを乱暴に肩へと下ろし「はーあ」盛大なため息を吐き出して片手をおもむろに持ち上げた。




「ここに痴漢してる人がいますよー」




そう言った俺の声は車両の中に響き渡り、満員電車でごった返す人々の冷たい視線が俺…ではなく俺の指差す男へと向いた。




黒い髪、きっちりと着こなされたスーツ、至ってまともなサラリーマンの男に見えたけど男は素早く女の子の背後から片手を抜き取ったのが俺の目には見えていた。




何だってそういう事したがる奴がいるのか、俺には全然その気持ちが分からない。




「あんた最低だな」




俺の隣に肩を震わせ立っていた女の子を一度視線で止め、自分は関係ありません、そんな素知らぬ表情で立ち直したサラリーマンの腕を乱暴に掴む。




大人しそうで悲鳴を上げる事すら出来ないようなか弱い女の子だった。だから狙ったんだろう。だからバレないと思ったんだろう。




お生憎、俺は心の中が読めるんだよ。




こんな力、いらないんだけどね。




「何、言ってるんだ。俺は何もしていないぞ!」



「そう?」




男の腕を掴んだ手に力を込めてみた。




荒い呼吸音が聞こえてくる。

これは男の吐く吐息だろうか。

目の前に綺麗な女の人が立っている光景。

その女の人の背後へと回り、片手を伸ばす。

大人しそうで震えて耐える女の人たちの姿がザーっと俺の頭へと流れてきた。

一人や二人なんて数じゃなかったけれど、全員が全員俯いてジっと耐えていた。




「なるほど、最悪だなあんた」



「な、何がだ」



「別にこっちの話。とりあえず次の駅であんた駅員に渡すから、逃げんなよ」




それから、とまだ震えている女の子へと視線を投げた。




「悪いけどさ、一緒に来てもらってもいい?俺も一緒に居るから」



「……はいっ」




自分の降りる駅で半ば強引に男を引きずり下ろすような形で女の子と共に降りた。




俺だってお前の腕なんて掴んでたくないし、さっきから女の人の恐怖する顔ばかり頭に流れこんでくる。この男がした最低な行為で傷ついた女の人達だろう。




駅員に事情を話したらすぐに近くの交番から警察官が二人やってきた。警察、と言っていたけれど一人はやけに身長が高く、不愛想すぎる程表情が全く変わらない。警察官のくせにやけに威圧的に見えた。かと思えばもう一人は何だかちゃらちゃらしていそうで。




「お前この野郎、この間もその面見たぞ」




ちゃらちゃらしていそうな警察官は、居心地悪そうに下を向いているサラリーマンの男をギロリと睨めつけた。その言葉に隣に立っていた高身長不愛想な警察官が「見た」と頷いて「やってないってこの間は言ってた」と付け足した。




どうやら以前にも痴漢まがい、いや完全にやっているのだろうけれどーーーーーで警察のご用になった事があるらしい。




「怖かったな」




男に舌打ちでもしそうな悪人面を向けていたちゃら警察官は、高校生の女の子にそっと顔を向けると柔和な表情で案じるようにそう言った。




それを見て、女の子は安心したように吐息を吐いてる。




その様子を確認してから俺は踵を返す。後は任せても大丈夫だろう。




「そいつたぶん他にも痴漢してるから。最近巷で噂になってた電車内の痴漢魔はたぶんそいつだと思うよ」




余計だと思っていたけれどその言葉を口にする。




その男から流れこんできた女の人の震える姿が俺の中から消えてはくれなかった、だから嫌なんだ、こんな力。




「どうして知ってる?」



「たまたま見たんだ、同じ電車に乗ってるから」



「ちょっと待て、だったら話を」



「悪いけど俺急いでるから」




この男が捕まったからって犯罪は減ったりしない、俺がしたこの行為で世界が大きく動いたわけじゃない。




引き止める警察官に背を向けて、俺は階段を一気に駆け下りた。よりによって今日は1限目に必修科目が入ってる。絶対に遅刻出来ない。




「あのっ…!」




最後の数段を飛び降りて着地した俺の頭上から、引き止めるような女の子の声が響いた。




振り返ると高校生の女の子が制服のスカートをぎゅっと両手で握りしめながら、俺を見下ろしてる。




小さく唇が開かれると、声も無く【ありがとう】とそう言われた。最後にペコリと深く頭を下げると、彼女の長い髪がふわりと揺れる。




たった一つの何かを解決しても、世界は大きく動かない。どこかで誰かが死んで、誰かが傷ついてる。それでも今日、俺は彼女の事を少しでも救ってやれたんだろうか。




頷くに留めて改札にSuicaを通し外へと出た。その瞬間、目の前に黒塗りのバイクが俺をひき殺すような勢いで突っ込んできた。




「あっぶな!」




俺の隣を通り過ぎ、電柱の手前で停車したバイクの運転手は肩を震わせて笑いながらも振り返った。




「すげえびびった顔してたじゃん」




そりゃ、誰だって轢き殺されそうになったらびびった顔くらいするだろ。




俺用のヘルメットを取り出すと空中に高く投げて寄越してくる。それを慌てて両手でキャッチして歩み寄った。




「雪、今日はやけに遅いんじゃね?」




青井 雪(あおい ゆき)それが俺の名前だ。




そんな俺の名前を親しげに呼んだ馬鹿男は松本 伊織(まつもと いおり)。




伊織とは中学からの付き合いで、チャラチャラと耳たぶに着いたピアスは今も健在だ。




俺にはいつも適当にセットしているようにしか見えない髪型も、それがまたこの男の格好良さを際立たせてる。俺とは大違いに大人っぽい男だ。




「俺いつかお前に殺されそう」



「だいじょーぶだいじょーぶ」




いったい何が大丈夫なんだ。




俺は腹が立って伊織の乗るバイクを軽く足先で蹴る素振りをした。




「おいっ!俺の大事なバイクを蹴るな」



「お前こそ俺の事ひき殺しそうな運転やめろよ」



「雪が遅刻しそうだってラインしてきたから、わざわざ学校からバイク飛ばしてきてやったんだろ?」




だとしても、その運転はどうにかしろよ。




伊織の後ろへと無遠慮に腰掛けながらも渡されたヘルメットを被る。仕方がないので伊織がだらしなく下げたヘルメットも伊織の頭へと被せてやった。




「ちゃんと掴まってねえと落ちますわよ雪くん」



「お前が危ない運転しなきゃ落ちないよ」



「いつも安全運転じゃん」



「どこが」




急発進したバイクに慌ててシートに手を着いて耐えた。背もたれが無ければそのまま後ろに転がっていたかもしれない荒っぽい運転に溜息が零れる。




伊織は親友と呼べるくらいには仲が良いと思う。だからこそ心の中まで勝手に覗きたくない。




仲の良い友人同士だって秘密にしておきたい事はきっとあるはずだ。だから俺は伊織に触れない。それが一瞬だったとしても見えてしまう、心の声や記憶があるから。










「まだ来ねえな。昼頃に待ち合わせって言っておいたのに」




大学のカフェテラス席で、俺の隣に座る伊織はイライラした様子で腕時計の時刻を確認した。俺はそれを横目にキャラメルフラペチーノの生クリームをプラスチックスプーンですくいとって口の中へと押し込んだ。




言いようの無い気持ちでグラグラする。




「これ食べたらもう良いじゃん」



「何でだよ。良くねえって」



「こういうの前にもあったし。土壇場ですっぽかされる事」



「いくらだって金払うって言ってたんだぞ。そんな美味しい話ねえだろ。名前と顔は覚えてんだから、すっぽかしたらこっちから会いに行くまでだろ」



「そこまでしつこくしなくて良いって」




大体俺―――――もうこういうの、あんまりやりたくない。




言いかけた言葉は伊織のイライラとした横顔を見ていたら言えなかった。




これを始めたのは高校生から。クラスの女子がバックに入れていた財布が無くなったと騒ぎだしたのがきっかけだった。




当時から悪目立ちする事が多かった伊織が、その時何の根拠も無く犯人に仕立て上げられそうになった。




「伊織くんがやったんじゃない?」



「そう言えばこの間、店の漫画万引きしたって話聞いた」



「席だって近いし。そう言えばさっきの移動教室、伊織くんはさぼって出てなかったよね」



「伊織くんの家って貧乏らしいよ」



「お金に困って盗んだのかも」




囁く生徒の声を聞いて、伊織に手を焼いていた担任まで「松本、取ったなら返しなさい」と皆の前でそう言った。




伊織は冷めた表情で、その様子を他人事のように見つめてジっと席に座ってた。




あんな事するつもりなんて無かった。でもこのままで良いとも思えなかった。




結局、その時間収集のつかなかった財布探しは放課後に持ち越す事になり、伊織は担任から職員室まで来るようにと言いつけられた。そんな中、俺は廊下ですれ違った女子の一人とぶつかった。




見るつもりなんて無くても、聞くつもりなんて無くても触れてしまえば流れ込んでくる。微かに触れた腕と腕。「痛いなあ」と表情を歪めた女子に謝る事すら出来なかった。




その女子の記憶の中に、盗られたと嘆いていたあの子のバックから財布を抜き取るその瞬間が、それを自分のバックの中に押し込んだところまで鮮明に流れ込んできたからだ。




【嫌いなのよあいつ】



【親の金で好き放題して、ちょっと良いブランド物持ってるからって調子にのって】




刺すような冷たい内側の言葉の後、遠ざかって行った女子の背中へと振り返った。




―――――どく、と心臓の鼓動が耳朶の奥まで響いてくる。




これはたぶん警告音だ。いくら伊織が大事だからって、下手な事はしない方が良いのは分かってる。分かってるのに。




「あの……俺実は見ちゃったんだけど、お前が財布盗ってるところ」




放課後になり帰宅する生徒が教室から全員出て行かないうちに、俺は周りに聞こえるような声であの女子へとそう言った。




シーンと静まり返った教室内に、ガタリと椅子をひっくり返す音が響いた。財布を盗まれた女子が突如勢いよく立ち上がってその女のバックの中をこじ開けた。




中に入っていた自らの財布を見つけて「やっぱりあんただったんだ!」と声を張り上げる。次に続いたのは破裂音のような平手打ちだった。




教室内が喧騒で包まれる中、俺はたった一人これが良かった事なのか考えてた。




確かに盗んだ犯人だったけど、こうしなければ伊織が犯人にされてたけど、本当にこれで良かったのか。




髪を掴み合う女子二人を見ていると、胸の中に重りでも流し込まれたような苦しさがじんわりと広がっていった。




「お前、何であいつが盗んだって分かった?」



「え」




殴り合いになった女子生徒を教師達が止めに入ったけれど、担任は伊織に謝ったりはしなかった。周りの奴らもそれは同じで、それでも伊織はそんなものは関係無いとばかりに冷めた表情で事の成り行きを傍観していた。




その時、伊織から刺すような視線がずっと俺に向けられていたのを知っている。




だから帰宅途中、そう言われた言葉にそれほど驚いたりはしなかった。伊織と行動をほとんど共にしていた俺が、盗んだ現場を見ていたのなら伊織もその場に居たはずで。




もしそんな質問をされたなら、何て返そうかずっと考えていたけれど結局浮かんだ言葉は苦し紛れの嘘くらい。




「俺、占い……って言うか、ちょっとだけそういうの出来るから」



「占い?」




初めて聞いた単語のように復唱した伊織は眉間に濃いシワを刻んでる。




「人の無くし物とか、当たり外れあるけど、たまに当たるって言うか……本当は本人が無くした物の方が当たるんだけど、今回はたまたま当たった……みたいな」



「まじで言ってんの?」



「……まじ」



「どうやって占うんだ?」



「え……あの……手相…かな」



「すげえじゃん」



「……」




「え、まじすげえじゃん」




伊織は拍子抜けしたように間抜けな拍手を何度も送った。お前すげえよと何度も言われ、心が痛んだ。本当の事を打ち明けようか迷って、けれどやっぱり言えなかった。




それからだ、伊織が無くし物探しと称して他人の無くし物を俺に探させるようになったのは。




それからだ、伊織が見つかった際にはそれに見合った金銭を要求するようになったのは。




「あ、やっと来た」




隣から聞こえた伊織の声で、現実へと引き戻された。




顔を上げるといかにも傷心しきっている表情の女が男に付き添われて俺達の元へとやってくるところだった。胸まである長い髪は大学生にしては珍しく、染めてはいないらしく艶やかな黒色だった。




その隣に居る男はそんな女とは真反対の派手髪で、俺達の姿を見つけると怪訝そうに顔を顰める。




「探し物屋ってお前ら?」




男から向けられる視線は明らかに敵意があるものにも関わらず、伊織は数秒前までの怒りを引っ込めると「そうです、どうぞ座ってください」と作ったような笑顔を女へと向けた。




元々女子から受けの良い伊織の柔和な笑顔を見つめ、女がどぎまぎしながらも椅子を引いて腰を下ろすとそれにつられるように男も隣へと腰を下ろした。




「あの何でも探して貰えるって本当ですか…?」



「何でもって言うと語弊があるかも。あと本人が無くしたものじゃないと見つけられない」



「はあ?そんなのインチキじゃねえの?」



「まあまあ。当たり外れは勿論あります、占いですし」




男の怒りを収めるように手を振った伊織に、男は尚も憤慨した様子で舌打ちをしてくる。




大人しそうな女とは真逆すぎるタイプの男だ。全然興味は無いけれど、こういう真反対の男女ってどういう経緯で付き合ってんだろ。




「当たらなければお代は頂きません。ですが当たったらそれ相応のお金は頂きます」



「はあ?」



「ちなみに金額はお礼金って事で、そちら次第でOKです」



「じゃあ10円でも良いって事だよなあ?」



「それで、探して欲しい物って言うのは」



「無視してんじゃねえ」




伊織は早々に男を眼中から追い払ったらしく、聞こえない振りをして女に再び笑顔を向けて促した。両手をもじもじと交差させていた女の瞳から、みるみる溢れるような涙が込み上げてくる。




瞬きをしたら零れ落ちそう。




「猫」と絞り出すようなか細い声が聞こえてきた。




嫌な予感がしたのは俺も伊織も同じらしい、隣を見ると同時にこちらを見つめた伊織の瞳と重なった。猫っつった?そんな視線を向けられて小さく頷く。




「飼ってた猫が……っ、突然居なくなって」



「あの、生き物関連はちょっと」



「ドアも窓もちゃんと閉めてたはずなんです……でも家に帰ったら居なくなってて」




決壊したように泣き出した女を伊織は心底面倒くさそうな冷たい眼差しで見つめていた。これは外れだ。そう言いたげな視線が俺へと向けられる。




当人が無くしたものは記憶を辿って見つかる事がある。だけれどそれが他者に渡っていたら記憶を辿って探せない。




それと同じく生き物も、フラリと居なくなったのなら分からない。いくら脳内で会話が出来るといったって、その猫が居ないのなら話にならない。




でも、猫と言われたらどうしても無下には出来なかった。俺も猫と一緒に暮らしてるから。あいつに沢山救われたから。




「あの、占うだけ占ってみます」



「……良いんですか…っ」



「分からない場合もあるんです。特に生き物だと、でも占うだけ。手を見せてもらっても良いですか」



「はあ?お前何言ってんだ」



「はい」



「おい!お前も何従ってんだよ」



「だって、もしかしたら居場所が分かるかもしれない……」



「そんなわけねえだろ!」




差し出した手の平に女の手がそっと触れた。




「どうしたの、迷子?」

記憶の中の女が弱っている子猫を見つけて大事そうに腕の中に抱きしめてる。

薄汚れた猫だったけれど、綺麗にしたら真っ白に変わってく。

警戒していた猫がゆっくりだけれど女に懐いていく姿が見えた。

辛い時も悲しい時も、寄り添ってくれてる。

一人にしないように、一番の理解者で居てくれたんだ。



「行ってくるね」

玄関まで見送りに来た猫が「にゃー」と鳴いていた。

視界に映ってる窓は確かに閉まってる。

扉も、ちゃんと鍵をかけてる。

帰ってきたら猫は居なくて、悲しい泣き声が聞こえてきた。

これは女の声だ。探してる、自分を恨んでる、どうしてどうしてって。




ぐるりと脳の中を掻きまわされる記憶と声に耐えきれなくなって、手を離した。




やっぱり居場所は分からない。だけれど窓も扉も閉まっていたのは本当だ。じゃあどうして居なくなったんだ。




「あの……何か分かりましたか…」



「すみません……」



「……っ…」




瞬きをした拍子にまた女の涙が零れ落ちた。




男は女の背中を撫でながらも、何度も俺達を詐欺師だと罵倒して去って行った。




猫は横に引く扉に爪を引っかけて開けたりもする。だけれどあの子の家の扉はそうじゃなかった。




ましてや鍵がかかっていたなら尚の事無理なはず。まさか猫が自ら鍵を開けてドアノブを掴んで扉を開けるなんてーーーーーそれじゃ化け猫もいいところ。




「せっかく金貰えるチャンスだったのにな」




きっとあの子は伊織に【見つかったらいくらでもお金を払います】と言っていたに違いなかった。




残念そうに呟いた伊織に返事は何も返さず、去ったあの子と消えた猫の事が頭からずっと離れなかった。




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