闇と光 番外編集
里
Ⅰ
金髪のあの子
1
私はここに勤めて3年目になります。
場所は、小さな駅前の古びた本屋。
木製の本棚がぎしぎしと音を立てる、ちょっと懐かしいような、でも今となっては時代遅れと言われかねない、そんなお店です。
つい最近、真向かいに巨大なチェーン系の本屋ができました。
明るくて広くて、カフェも併設されているような“今っぽい”本屋。
私たちの店はというと、昼間でもちょっと薄暗く、店内に響くのは古びたBGMとレジの音だけ。
お客さんの数も減って、売上もガクンと下がってしまいました。
ーーーーだけど、だけどね。
ウィーン。
自動ドアの機械音が鳴った。
今日も来た。
あの子が。
金髪ヘアーの彼が、光をまとったみたいに現れる。
「て、てて店長!!あの子です!」
小声だけど、勢い余って声が裏返った。
私は隣のレジにいる店長に顔を寄せ、こっそり耳打ちする。
「やだ、ほんとね!」
店長が頬を染めて、目尻を下げてキャッキャと笑う。
ちょっと信じられないくらいのテンション。
ここ2週間ほど、ほぼ毎日、同じ時間帯に彼はこの店に現れる。
眩しいくらいの金髪。でも派手なだけじゃなくて、毎回アレンジされた髪型がどれもこれも絶妙に似合ってて、まるで雑誌のモデルみたい。
でも、彼が向かう先はファッション誌の棚ではなくーーー!彼はスタスタと歩き、いつもの定位置にしゃがみ込んで、料理雑誌を手に取った。
パラパラとページをめくる指先が、丁寧で、繊細で、どこか色っぽい。
ギャップがすごすぎる。
まさかこんなイケメンが、料理の勉強をしてるなんて。
「いらっしゃいませー」
自動ドアの音に反射的に声を張った。
けど、頭の片隅ではずっと彼の姿を追ってしまっている。
彼が通うようになってから、店は明らかに変わったのだ。
女性客が増えた。しかも、明らかに彼目当て。
本棚の隙間からチラチラ彼を見て、雑誌を手にしてるふりをしてる人、カメラをこっそり構えてる人……。
あぁ、私も撮りたい……なんて。
私はというと、本を整えるふりをしながら、そっと彼に近づいた。
「あ、失礼します」
彼の隣でしゃがみ込み、本を直す手を動かす。
ふと横を向くと、彼は一瞬だけ私を見た。黒目がちな目がまっすぐにこちらを捉える。
けどすぐに、また雑誌へと視線を戻した。
いいの。
それで、いいの。
隣にいるだけで、胸がいっぱいになるから。
ふと、彼の香りが鼻先をかすめた。
強すぎず、でも印象に残る爽やかな香水の香り。
ああもう。
何よこの子、素敵すぎる。
この気持ち、どこへぶつければいいのか、そんな風に心がざわついていた時だった。
「なぁ」
ーーーーえ?今、話しかけられた……?
私はまるで時間が止まったかのように固まった。
だって2週間、一度も話したことがなかったのに!
「は、はいっ!!」
声が裏返るのを止められなかった。
立ったままの私を、彼がしゃがんだまま見上げてくる。
その上目遣いがまたずるい。
慌てて私も横にしゃがみこんだ。
彼は雑誌をめくりながら、ふと呟いた。
「女って、何の食いもんが好きなんだよ」
……はい、撃ち抜かれました。
「食べ物ですか? そうですねぇ……ハンバーグとかはどうですか?」
「それはこの間作ったんだよ。他のは?」
作った!? 誰に!?
彼女、ですか? やっぱり?
「え、えっと……オムライスとか?」
「それはあいつのがうめーから却下」
やっぱり“あいつ”って、彼女……。
がっくり、うな垂れそうになった。
でも彼は、真剣な表情で雑誌と私を交互に見ていた。
その眼差しに思わず心がぐっと引っ張られて、私はまた雑誌に目を落とす。
「彼女さんが好きな食べ物とかって何ですか? お肉とか、野菜とか……」
「……彼女じゃねぇ」
「え?」
「彼女じゃねぇよ」
一瞬、息が止まった。
「そ、そうなんですか!? すみません!」
嬉しすぎて、顔が緩むのを止められない。
失恋じゃ……なかった!!
「あいつ、クリーム系好きっつってた。シチューとか……」
「そうですか……。あ、カニクリームコロッケとかどうですか?」
私が指差したページを、彼は真剣に見つめた。
右手で髪を耳にかけるその仕草が妙に艶っぽくて、喉の奥がキュッと鳴った。
「なるほどな? お姉さん、ありがとな!」
にっこりと、少しいたずらっぽい笑み。
ああもう、まぶしすぎるってば……!!
ポケットから流れ出した着信音が、場の空気をかき消した。
スマホを取り出し、彼はぶっきらぼうに「何だよ」と答える。
電話の向こうは、どうやら女性の声。
けれどその口調は、まるで兄妹か友達のように気さくでーーーー。
「焦げた?それは火がつえーんだよボケ!!」
そう怒鳴りながらも、彼の顔は笑っていた。
「今日の晩飯、変更だからな。ちげーよ! この間シチューしただろーがよ。今日はカニクリームコロッケ! 俺様が作ってやるから手伝えよ!」
雑誌を元の場所に戻し、私に小さく頭を下げて彼は去っていく。
笑いながら、軽やかな足取りで自動ドアの向こうへ。
ウィーンーーー自動ドアが閉まる。
彼が消えた後、私はひとり、しゃがみ込んだまま小さく息をついた。
彼女じゃないみたいだった。
でもーーー失恋には、違いないな。
だからまた、来てね。
また、いつでも。
聞きにきてね。
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